「はい、浅川です」





『TV観たか?』






挨拶もなしに開口一番にこれである。
汐里は一颯がTVを観ている前提で話を切り出しているようにも思える。
実際観ていたのだが、「はい」と素直に返したくない。
休暇が休暇では無くなってしまいそうで。





『観てたよな?』






「声が怖いです!観てましたよ、ビルで起きた暴行傷害事件のことですよね?」






『ああ。さっき椎名さんから電話が来て、今から来いとのことだ』





「……了解です、今から現場に向かいます」






一颯は通話を切ると飲みかけのコーヒーをシンクに捨て、マグカップを洗うとロフトの下にあるウォークインクローゼットに向かう。
ラフな部屋着からスーツに着替え、身支度を整えるとすぐに自宅を出た。
現場であるビルは一颯の自宅からそう遠くはない。
徒歩で向かえば、すぐにパトカーや警官の姿が見えた。






野次馬を規制している警官に警察手帳を見せて、現場に踏み入れる。
現場のビルは所謂暴力団が事務所を構えている場所で、組織犯罪対策部の刑事が妙な威圧感で立っていた。
一瞬一颯は本物の暴力団と見間違えて息を飲む。
だが、組織犯罪対策部の刑事の中に椎名と赤星の姿を見つけて、駆け寄った。






「椎名さん、赤星さん」






「おう、浅川。休みのところ悪かったな」





赤星は一颯に片手を上げて挨拶をする。
どうやら、汐里はまだ到着していないようだ。
一颯は組織犯罪対策部の刑事に手短に挨拶をして、現場のビルへと入った。
暴行傷害事件があったのはビルの三階。
白樺組という暴力団の事務所がある階で、このビル自体も白樺組の所有だ。





「襲われたのは白樺組の下っぱ組員。本来なら警察に助けを求めるような奴らじゃないんだがな」






「だろうな。暴力団が警察に助けを求めるなんて世も末だ」






椎名と組織犯罪対策部の刑事は親しげに話している。
赤星によると同期らしいが、椎名の同期はなかなか濃い面子が多い。
公安の重原に、組対の刑事。
もしかして、この刑事も元ヤンだったりするのだろうか?






「世も末って。元ヤンの椎名が捜一にいて、至ってガリ勉だった俺が組対ってのも世も末だと思うがな」






「え!?」






つい驚きが声に出てしまった一颯に、椎名と組織対策部の刑事の視線が向けられる。
組織対策部、通称組対の刑事の名前は四宮というらしいが、強面にも程がある。
本物の暴力団と見間違えるほどの強面。
四宮に睨まれた一颯は蛇に睨まれた蛙状態だった。