「あー……腹痛い……」





氷室は小声で呻くと、まだ下らないやり取りをしている一颯と汐里の声に耳を傾けていた。
彼女は根っからの不器用人間、素直に心配したと言えない。
それは恐らく彼も気づいている。
氷室にはそれが悔しくもあり、羨ましくもあった。






すると、人の気配がした。
目を開ければ、先程まで人質になっていた麗がいた。
麗は氷室の隣にしゃがむと、にっこりと笑う。





「……父から伝言です。『君は仕事で私達を探っていたようだから目を瞑ろう。優秀な人間を失うのは痛いからな。警察官としても、世の中としても』」





氷室は目を見開く。
確かに氷室は探っていた。
だが、この件は公安でも一部しか知らない事項のため、麗の父が知るはずかないことだ。
それなのに、気づかれているということは――。





「安心してください。兄は何も知りません。だから、あの二人に何か危害が加えられる訳ではありませんよ」






「君は――」






「浅川さん!京さん!氷室さんが起きました!」





麗は口許に指を添えて「しー」という仕草をする。
氷室は真実に気付いてしまった。
確信はなかった事項が真実へと変わってしまった。
それは警察だけではなく、世の中までも混乱させてしまうこと。
だから、氷室は今は口を閉ざすしかない。
いつか、真実が明らかになるときまで――。






その後、優木の証言により、明らかになる真実があった。
優木と思われたレストランで発見された遺体は七つの大罪とはまったく関係のない一般人であったことが発覚。
レストランの関係者は優木に脅され、遺体が優木であると証言を強要。
後に殺された風見は優木と婚約関係はなく、ただ脅されるがまま嘘の証言を行ったのだった。
だが、罪悪感に苛まれ、優木に意見したところ殺されたとのこと。





「完全に警察は優木に踊らされていたわけか……」






汐里はデスクに頬杖をついて、険しい顔をする。
最終的には捕まった優木だが、散々踊らされた後での逮捕だったせいかスッキリしない。
腹立たしいが、警察よりも優木の方が上手だったということだ。





「とりあえず、報告書まとめましょう。インターンも終わりましたし、仕事に専念できますよ」





「インターン、もう二度と捜一では引き受けてほしくないな」






一颯の言葉に、汐里は苦笑いを浮かべる。
瀬戸は「すみません……」とインターンが終わった今でも肩身が狭そうにしていた。
さすがに憐れになった一颯は今度瀬戸に酒を奢ってやろうと思うのだった。