母の話を聞いている間、私は何も言えなかった。信じられないほど優秀だった自分。母を庇った自分。そして頭を打ち、記憶を失っていた自分。

手が震えていた理由は、あの時感じた感覚はこれだったのか。

「つまり私は……小四のその日からずっと記憶喪失だったの?」

「ええ。もう大変だったんだから」

母は優しい笑顔でそう言って、安堵のため息をついた。

私は言葉を失った。

小四の私が愛情いっぱい注いでくれていた母のこと。頼ってきてくれたクラスメイトのこと。浮気をしていた最悪な父のことも。そして優秀な家政婦そのものになっていた自分自身のこと。すべて、忘れてしまっていたんだ。

気づけば瞳からは涙が溢れ出して、それが頬を伝っていた。

「清加はさ、あれから一度も記憶を失う前のことを思い出すことはなく、何もかもにやる気を無くしてしまって、いつの間にかこうなってたの」

そう言う母の瞳からも涙が溢れだしている。

私はキッチンから箱ティッシュを取って一枚を母に差し出し、もう一枚で自分の涙を拭った。

私は最悪な人だ。記憶を失う前は頼られてばかりだったのに、今は誰かに迷惑かけてばっかり。こんなの本当の私じゃない。

「今まで黙っててごめんね。清加」