「はい、すべて」
「その通りにしてくれていい。優秀な嫁さんを迎えたって名目がほしいんだ。今年度、外資の大きなM&Aがいくつかあって、数字の上で大きく動きがある。その成果を持って、叔父は来年度に俺を後継者指名するつもりだ」

つまり、契約は最短で来年度中と考えればいいだろう。約二年……長い時間ではない。
そこで連さんはふうと息をついた。

「とはいえね、おまえ、こんな話を簡単に受けちゃいけないよ」

上司の口調からざっくばらんな兄のような口調になる。婚姻届けを差し出しておいて、何を言っているのだろう。

「すぐに親父さんに連絡しなさい。たぶん、うちの叔父経由でも話は行く。もう行ってるかもしれないな。でも、娘の口から言うべきだ。父親の立場からしたら、こんな形で娘を嫁にやりたいはずがない」

どうもこれは心情的な彼の優しさだ。連さんは私と父を気遣って言ってくれている。

「梢がこの話を断っても、デメリットはないって聞いただろ? おまえと親父さんの仕事上、不利益はないように俺も約束する。だから、無理しなくていい。いきなり契約妻になれなんて、とんでもない話だろう?」
「いえ」

私は言葉を遮り、彼を見つめた。