「は……あの」

どういうことだろう。私は補佐、所謂秘書業務で異動させられたはずだ。
彼がゆったりとオフィスチェアから立ち上がり歩み寄ってきた。前に立たれると身長の高さに驚く。百八十センチ代の後半といったところだろうか。

「うん、写真で見たより可愛らしい顔をしている」
「え、は?」

私の顔をまじまじと覗き込んで、そんなことを言うものだから、私も困惑した。
写真……私の履歴書でも見たのだろうか。そうだとすれば、今から三年以上前の写真だ。でも、可愛いって……。これは口説き文句だろうか。
彼は屈託なく続ける。

「燕の子どもみたいだ。見たことあるか? こんな都心のど真ん中なのに、うちの本店の軒先に毎年巣を作りにくる。巣立ち間際の燕はあどけなくて可愛いぞ。梢の黒髪の丸い頭と、くりくりした目を見ていたら思い出した」
「あ、……はい」

一瞬、噂にたがわぬ遊び人かと思ったけれど、まさか燕の子と並べて褒めていたとは。私は記憶の中で見たことのある真っ赤な口を開けるボサボサ頭の雛を思い出した。……私ってあんな印象……?

「あの、私の仕事は、連様の補佐業務ではなかったのでしょうか? そのように伝え聞いていたのですが」

燕の子は置いておいて、話を戻そう。先ほどの口ぶりだと私の仕事は他にあるようだ。すると、彼はふるふると首を振った。

「ああ、いい、いい。おまえは今日から俺の直属の部下だ。サポートよろしく頼むぞ」
「はい」

私はしっくりこないまま、再び頭を下げた。

「“連様”というのはちょっと嫌だな。さん、くらいにしておいてくれ」
「承知しました」

文護院連、前頭取の息子で、現頭取の甥。未来の頭取候補。


梢初子、二十六歳。文治銀行仙台支社勤務。本日付で本店営業部支店長室付きに異動。


私はこの男を頭取にするために、この文治銀行本店にやってきた。