よく眠れなかった。私はのそのそとベッドから出て顔を洗い、パジャマ姿のままお湯を沸かした。味噌汁を作り、おにぎりを握る。簡単な朝食の準備を整えたら、手早くメイクを済ませ着替える。身なりは最低限なので、短時間で済む。

しかし、このいつもの流れの間、私の心臓はずっとドキドキしていた。
昨夜、連さんとキスをした。入籍したばかりのときに、からかわれるようにキスされたことはあったけれど、昨晩は合意の上でキスをした。思い返すたびに、頬がかっかと熱くなり居てもたってもいられないような心地になる。恥ずかしい。いたたまれない。
連さんの唇は柔らかかった。そして、温かかった。連さんのムスクの香りが鼻孔をくすぐって、触れ合っている唇からとろりと溶けてしまいそうだった。軽いキスなのに、夢のようにロマンチックな一瞬だった。

甘い気持ちと同時に、苦い後悔も湧きおこる。どうして、あんなことをしてしまったのだろう。
私は連さんと男女の仲になるつもりはないのだ。所詮は仮の妻。連さんが文治銀行の次期頭取に内定すれば、私の役目は終わりだ。離婚し、文護院の籍から抜けなければならない身だ。