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「……そう。あんまり上手くいかなかったか」

ここはひいお爺様であるアルバート様からヒカル様が受け継いだお(やしき)
レノアーノ様の誕生日前夜祭の任務から帰宅した私がお部屋を訪れて本日の報告をすると、ヒカル様は椅子に座ったまま仕事机に頬杖をついて溜め息を吐いた。

その明らかに落ち込んだ様子を目にして心が痛むが、お預かりしていた大切な物を返さない訳にはいかず、私はヒカル様の目の前に腕時計を置く。

「こちらを、お返ししておきます」

「……うん、ご苦労様。
僕は、頼りないね。駄目だなぁ〜ツバサを元気付けてやりたいのに、元気にするどころか余計な事をしちゃったかな?」

「っ、そんな事はございません!
レノアーノ様とお会い出来ただけでも、あのまま会われないよりずっとずっと良かった筈です」

自分は無力だ、とばかりに腕時計を手に取って呟くお姿にそう声を掛けると、ヒカル様は苦笑いした。

無力だ、なんてとんでもない。
執事として社長業の補佐をしながらずっとお側に居た私は知っている。ヒカル様の頑張りを。
まだまだ学びたい事もたくさんあったであろうに、ヴァロン様が突然亡くなってしまった為に21歳という若さでその跡を継いだヒカル様は、自分よりも年上の部下や仕事仲間相手に揉まれながら懸命に頑張ってこられた。若さ故取り引き先に舐められ、馬鹿にされ、それでも懸命に諦めず、日々努力されてきたのだ。

そして、ツバサ様の事もいつも気にかけていた。
長男でありながら家を出てしまい、母アカリ様の事をツバサ様に任せっきりにしてしまっている事に、罪悪感を感じながら……。

『僕が、ツバサと代わってやれたらいいのにっ……』

昔、一度だけ、そう悔しそうに感情を漏らした事もある。陰ながらいつも、亡くなったヴァロン様の代わりにツバサ様を支えようと必死なのだ。
そんなお優しいヒカル様だから、私もお力になりたいと思う。代々仕える執事としての使命ではなく、私はこの心の優しいご兄弟が大好きなのだ。