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「!……ツバサ様、大丈夫でございましたか?」

部屋から出て廊下を歩いていると、会場に戻るまでに心配して俺を迎えに来てくれたシオンと合流する事が出来た。

「大丈夫だよ、ありがとう。
……シオン、帰ろうか?」

「……。はい」

俺の言葉に、何も聞かずに了解してくれるシオン。その存在が、とても有り難い。
俺はこのまま、物分かりの良い男の仮面を被ったままこの場を後にしようと思った。

けど、出口に向かう途中。
今の時刻を確認する為に左腕に着けている腕時計を見て、俺は足を止めた。

『待ってて。
前夜祭(パーティー)が終わるまで、待ってて……』

それは父さんの腕時計を、見たから?
レノアの声が、俺の心に再び語り掛けてくるように感じた。
そしてその囁きのような声に、俺の偽りの仮面が外れ、"本当にこのままでいいのか?"という気持ちが湧き上がる。


「……。もしかして、父さん?」

「!……え?」

まさか、と思った。
そんな事はあり得ないと、思う。

でも、もしかしたら……。さっきからの不思議な現象は不甲斐ない息子を見かねた父さんが、俺の能力(ちから)を高めているのではないか?と思った。

俺が大切な瞬間を、もう逃したりしないように……?

そう思ったら、さっきまで静かだった胸にトクンッと暖かい鼓動が響いて、止まっていた自分の血がゆっくり全身に巡ったような気がした。


「あの、ツバサ様……」

「ーーシオン、悪い。
やっぱりもう少し付き合ってくれ」

さっきの"父さん"と言う呟きを聞いたからか、また心配そうな表情をしているシオンに俺は微笑って言う。

「やっぱりレノアに会う。その為に力を貸してくれ」

「!……。はいっ、勿論です」

気のせいでも、思い込みでも構わなかった。
父さんが付いていてくれるーー。
そう思えるだけで、何だか勇気が湧いてきた気がした。

俺の決意にシオンも安心したように微笑って、賛成してくれる。
最後に、一歩踏み出してみよう。
最悪だったレノアとのあの日の別れを、少しでも良いものに変えられるように……。