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俺は今日、ここに来て本当に良かったんだろうか?

執事に案内されて廊下を歩く間、ずっとそう思ってた。
ケジメをつける為に来た筈だったのに、俺はレノアを遠くから見つめているだけで満足して……。瞳が合ったくらいで動揺して、歩み寄って来てくれたレノアにさえ何も言えず、何も出来ず、背中にさえ目を逸らそうとしていた。

『っ……ツバサ!会いたかったッ!』

ーーー俺も、会いたかったーーー

せっかく身体は彼女を支えられるくらい大きくなったのに、今度は心が小さくなってて……。俺はまた、抱き締めてやる事が出来なかった。


「……ミネア様。ツバサ様をお連れ致しました」

案内されてたどり着いたホテルの一室。
執事が扉をノックして声を掛けると、中からミネア様の声が聞こえる。

「ご苦労様。貴方は少し下がっていなさい」

「はっ。
ツバサ様、どうぞ中へ」

執事は扉を開けてくれ、俺が中に入るとすぐに扉を閉めて去って行った。
部屋の中には、俺とミネア様の二人きり。

「失礼致します。
ミネア様、お久し振りです」

「久し振りですね、ツバサ」

俺が声を掛けて一礼すると、大きな窓の前に立っていたミネア様が振り向いて微笑む。
顔を上げると視線が交わって、ドクッと胸が大きく鼓動を打った。
その姿は美しいのに力強くて、同じ目線で話すのが耐えられなくなって、思わず(ひざまず)いてしまいそうな程の存在感があった。

けれど、目を逸らす事も出来なくて、俺はただ姿勢を正して立っていた。
すると歩み寄ってきたミネア様が、俺の頬にそっと触れる。

「大きくなりましたね?こうやって良い恰好をしていると、まるでお父様(ヴァロン様)がここに居るようだわ。
まさに忘れ形見、かしら?」

「っ……」

忘れ形見。
その言葉にどう反応していいのか分からなかった。何も答える事が出来ず、思わず視線を泳がせてしまうとミネア様が言葉を続けた。