俺の手から、招待状が離れて床に落ちる。
それでもまだ微かに震える手を、兄が握りながら言った。

「レノアちゃんと、最後にちゃんと話した方がいいんじゃないか?」

最後ーー。
その言葉に、無意識に反応してしまう。

「彼女ももう二十歳。噂では異国の王子が嫁に来てほしいと申し出ているそうだ。
……これがきっと、レノアちゃんに会える最後のチャンスだよ?」

兄の言葉はとても優しいのに、俺が心の奥底に埋めた筈の古傷を(えぐ)った。
でもそのお陰で改めて気付く。

無視し続けていれば、いつか忘れる。

そう思っていたけれど、俺の中でレノアはそんな簡単に忘れ去れる程の存在ではなかったのだと……。
本当はとっくに気付いていた。例え会えなくても、彼女を想っている自分に……。


俺が追い返した後、レノアは各地で様々なボランティア活動を中心になって始めた。
災害地や孤児院に赴き、寄り添い、励まし。
高い身分を持ちながらも隔てなく人と接するその活躍は大好評で、彼女は今貴族から一般庶民、たくさんの人達から愛されて"女神"と呼ばれている。

『俺とお前は住んでる世界が違う。俺達の生活なんて知らなくても生きていける、そうだろ?』

俺が言い放ったあの言葉を逃げずに真っ直ぐに受け止めて、彼女は会えなくても示してくれていた。
ずっと、"私は忘れないよ"って語り掛けてくれていた。

逃げていたのは俺の方。
知らず知らずに新聞や雑誌に載るレノアを見ていながら、あの日彼女が言葉に出来なかったメッセージに気付きながら、見ないフリをしてきたんだ。
"住んでる世界が違う"。それを気にしていたのは誰よりも俺自身で、歩み寄ろうとする事でさえして来なかった。