「ーーお待たせ致しました。
こちら真鯛のマリネとカプレーゼでございます」
「お!飯来たぞ!
じゃあ自己紹介も終わったし、一緒に食お〜!」
運ばれて来た料理を見て目を輝かせると、全く変わらない調子と態度で私に接して来てくれた。
「ちょ、貴方ねぇ。今の自己紹介聞いてたっ?」
「あ?ヴィンセントだろ?」
「そうよ!ヴィンセント・アッシュトゥーナ様よ?知らないのっ?」
ヴァロン殿の変わらない様子に、ミネアは怒ったように呆れていた。
確かに、身分の高い人を知らない、と言うのはこの世界では勉強不足であり、場合によっては無礼にも値する。
後に知るが、ヴァロン殿は夢の配達人を引退してから奥様の祖父に当たる方の跡を継ぎ、この時すでに仮にも社長という立場にある人物。そんな人物は、例えプライベートであっても気を抜かず、こういう場でも後々の仕事や会社の事を考えて行動する筈だった。
目上の立場の者に媚びを売り、自分を良く見せて売り込む……それが当たり前の世界。
でも、ヴァロン殿は違った。決して自分を作らず、ありのまま。
かと言って、勉強不足でもない。
「今は仕事じゃねぇだろ?俺はプライベートに仕事は持ち込まねぇの。"ただのヴィンセント"と楽しく話したいんだよ。
それに、うちみたいにまだまだ小さい会社じゃ、アッシュトゥーナ家に無理に取り入っても全然役に立てなくてすぐ潰れるって!」
私の事をしっかり何者か理解した上で、そう言って笑い飛ばしていた。
そんな飾らない、自分に素直で生き生きと自由にしているヴァロン殿が、私にはとても眩しく映った。
その日を境にヴァロン殿と会う事は何度かあったが、彼から仕事の話を聞く事は一切なかった。私が相談事をすればその事に自分の意見を述べてくれる事はあるものの、彼がする話は大体家族の事。
その、あまりにも溺愛ぶりの奥様と子供達の話を聞いているうちに、これまで仕事が忙しく自分が家庭を持つ事について考えた事のなかった私も、いつの間にか結婚というものに憧れるようになった。
そして、三人で会う内に自然と意識し合うようになり、私はミネアという素晴らしい伴侶を得る事が出来たのだ。



