「っ、……私からも、言わせて下さい。
お父様、ありがとうっ。いっぱい、い〜っぱい!本当に、ありがとう!」

俺の隣で涙ぐみながら微笑んだレノアが、とても幸せそうに言った。とても可愛らしい、少女のような笑顔で……。
しかし。そんな俺とレノアを交互に見て、ヴィンセント様は複雑そうな笑みを浮かべて言う。

「おいおい。何だかこれでは、もうお嫁にやってしまうみたいではないか。
言っておくが、今日の事とお前達の結婚の話は別だぞ!」

「!っ、け、結婚?!」
「!っ、そ、そんなつもりじゃ……ッ」

ヴィンセント様の"結婚"と言うフレーズに俺とレノアは過剰に反応して、あっという間に顔を真っ赤にした。まだまだそう言う話に初心(ウブ)な俺達。
その反応を見て、ヴィンセント様は安心したように笑う。

「ハハハッ。その様子じゃ、まだもう少しは安心、かな?……レノア」

「は、はい!」

「良かったらツバサ君に邸内を案内してあげなさい」

「!……お父様」

案内してあげなさい、と言う気遣いの言葉に嬉しそうに表情を綻ばせるレノア。その頭をそっと撫でると、ヴィンセント様は視線を俺に移す。

「ツバサ君」

「は、はい!」

「忙しいとは思うが、良かったら少しだけでも娘の話し相手をしてやってくれ。……頼めるかな?」

頼めるかな?ーー。
ヴィンセント様のその言葉は俺の心に優しく沁み渡るようなのに、重い、重い言葉に感じた。その短い言葉の中に、上手く語る事が出来ないたくさんの想いがあるような……。
そして俺は、その言葉に応えたいと思った。

「はいっ、お任せ下さい!」

俺の返事を聞くとヴィンセント様は微笑みながら頷いて、その場を去って行った。


俺とレノアを、二人きりにしてくれたんだーー。
ヴィンセント様が俺を信じて与えてくれた貴重な時間。
窓から射し込む陽が彼女の赤茶色の髪を夕陽色に輝かせ、大切なあの日を思い出させてくれる。

……もう、二度と迷ったりしない。

俺は決意を固めて、今度こそレノアに伝える事にした。

「長い間待たせて、本当にごめん」

「!……っ、ツバサ?」

今を大切に、もう逃してはいけないーー。
そう思った俺が口を開くと、突然の真剣な言葉と雰囲気にレノアは大きな瞳を更に見開いた。
俺はしっかりと向き合って、顔も、瞳も、心も彼女に真っ直ぐ向けて伝える。