だから私は、今も諦めていない。
今日まで大人しくしていたけれど、心の中にはまだ熱い想いが灯っていた。

連れ戻された私に、ミネア母様はこれまでにない程に激怒した。
けれど、そんなミネア母様を「まあまあ。無事に戻ってきたんだ、それでいいじゃないか」と、ヴィンセント父様は優しく宥めた。

私はそれを見て思ったの。
ヴィンセント父様にとって、きっと私は"無事ならばそれでいい"存在。
この場に戻って来て、そしてサリウス様の元へ嫁ぐ事が恙無(つつがな)く進めば、もう大した問題ではないのだ。

悲しい訳じゃない。
今まで大切に育ててもらった。
血の繋がりがないなんて信じられない程に、跡取りである弟のレオと同等にこれまで扱ってもらった。
だから、それで充分なの。

それに、"アッシュトゥーナ家繁栄の為の道具"として扱われる方が、今の私には都合が良かった。
これで私も何の未練もなく、アッシュトゥーナの名を捨てられるのだから……、……。

ーーコンコンッ!

「レノアーノ様、失礼致します」

部屋の扉がノックされ、声を掛けてくれたレベッカが中へ入ってくる。
そして、胸に片手を当てて頭を下げて言った。

「サリウス様が参られ、全ての準備が整いました。
……どうぞ、応接間へお越し下さい」

「……。分かったわ」

今日はサリウス様がこのお邸に足を運び、私との正式な婚約についての話をする日。
大事な大事な、私にとって決戦の日だ。

この日までに、心の準備をしてきた。
たくさんのものを抱える事は出来ないから、自分の中で1番大切なものを選んで……私は今日という日を迎えた。

……
…………。