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「……、……。
……これでよし。どう?痛くない?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

自宅に着いて、シャワーを浴びて着替えた俺は、居間のソファーに座りながら母さんの手当てを受けた。
お礼の言葉を聞いて母さんは微笑んで頷くと、テーブルの上の救急箱の蓋をパタンッと閉めて、俺の隣に腰を降ろす。

優しい母さん。
俺が話しやすいように、おかしな前置きもせず、そっと寄り添ってくれた。
そんな母さんの事、俺は……。

「俺が夢の配達人になりたかったのはね、初恋の人に喜んでもらいたかったからなんだ」

「え?」

大事な話、と言っていたのに、俺の言葉が予想外だったのか、母さんは顔をこっちに向けると、まるで幼い子供のような表情で呆然としていた。俺は続ける。

「その人はね、いつもある人の記事や写真を俺に見せながら嬉しそうに語るんだ。ほんっとに、幸せそうに。
……俺には、その人の笑顔が世界で1番輝いて見えた」

「……」

「その人が大好きって言う人になりたくて。その人に、1番の笑顔を向けてほしくて……俺は、夢の配達人になろうって思ったんだ」

「……っ、そ……その人、って、もしかして……」

俺の言葉に勘づいた母さんは、少し動揺して、少し恥ずかしそうにして……照れながら微笑った。
俺は答える。

「そう。
俺の初恋の人はね、母さんだよ」

「っ、も、もう……!いきなり何言ってるのっ?
親を揶揄(からか)うんじゃありません!」

口ではそう言ってるけど、まんざらでもない様子の母さんの笑顔。
俺はこの瞬間、ようやく久々に母さんの本当の笑顔を見た気がした。俺が父さんの仮面を被って、自分を隠して嘘を吐いていた時には決して見られなかった笑顔。

ようやく見られて、安心した。
だから、もう大丈夫だって確信した。
母さんも、俺も……。

だから、ゆっくり口にしたんだ。

「ーーだから父さんが亡くなった時、辞めても良いと思ったんだ」

俺は初めて、父さんの死を、声に出して言った。
胸がドクッて、一瞬締め付けられる。でも、続けた。

「母さんの為になろうと思った夢の配達人だから、辞めるのも母さんの為でいいと思った。
それで、母さんが、微笑って……くれる、なら……」

「!……ツ、バサ?」

言葉が自然と、途切れた。
俺を見ていた母さんがハッとした表情をして、戸惑いながら、俺の頬にそっと触れる。

おかしいな?
左だけじゃなくて、両目とも熱いーー?

優しい母さんの親指に頬を滑るようにされれば、さっき雨粒で濡れたような感覚がして……。次第に、目の前の母さんが歪んでいく。