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「!っ……ツバサッ?!」

自宅付近まで戻ると予想していた通り、帰宅が遅い俺を心配した母さんが建物の下まで降りて来ていた。俺を見付けるとすぐさま駆け寄って来て、差していた傘に入れてくれる。

「どうしたのっ?こんなに濡れて……ーーッ?!
……怪我?怪我、してるのっ?!」

頬の傷に気付いた母さんは俺が他に怪我をしていないか身体を触りながら確認して、制服の夏服では隠し切れなかった左腕の酷い打ち身を見て血相を変えた。

「っ、大変……!すぐに手当てしなきゃ!!
血、はっ?血は出てないッ……?!」

血。俺の血。
更に血相を変えて母さんは確認する。珍しい血液型の俺にとって、大量の血を失う事は他の人よりも危険な事だから……。

昔、夢の配達人の仕事で俺は一度大怪我をした事があった。出血が多くて、同じ血液型だった父さんが輸血してくれなかったらかなり危なかった。
その事故以来、進んだ医療技術で事前に輸血用の血液を採取して冷凍保存してあるけど、それも何処にでもある訳じゃない。

『また怪我をした時に父さんもいなくて、医療技術の進んでない場所だったらどうするのっ……?!』

事故の時にも一度母さんにそう言われたけど、あの時は父さんがフォローに入ってくれて、俺は夢の配達人を続けられた。

でも、父さんがいなくなって、母さんの不安を取り除いてやれる人は誰もいなくなった。
だから俺は、夢の配達人を辞めて、母さんから極力離れないようにしてきた。危険な事もしない。心配掛けない。
母さんにずっと微笑っていて欲しかったからーー……。

「とにかく、家に行きましょう!あんまり酷い怪我なら、病院に行くかヒナタに来てもらって……」

「ーー母さん」

「!……。……、……ツバサ?」

手を引いて家に連れて行こうとする母さんに俺が声を掛けると、さすが母親。俺の変化に気付いているようだった。
驚いた表情をして俺を見上げる母さん。そんな母さんから真っ直ぐ目を逸らさないで、俺は言う。

「話があるんだ。
大事な、大事な話。聞いてほしい」

俺の言葉に、母さんは暫く黙っていた。でも、繋いでいた手にキュッと力が込もった直後に言った。

「……。分かったわ。
でも、まずは家に戻って、着替えて、手当てしましょう?話はそれから聞くわ」

「分かった」

俺が返事をすると、母さんは俺の手を放さないまま建物の中に入り、エントランスを通って、自宅までの道のりを歩いた。