……
…………ザーッ、って音が、遠くから聞こえた。
ポツポツと無数に軽く頬を打たれて、俺はゆっくり目を開ける。
身体を少し動かすと、まだ綺麗にコンクリートに整備されていない砂利の感触を左頬と掌に感じた。

……ああ、そっか。ここは裏路地だ。

重い身体をゆっくりと起こすと、降り注ぐ雨が頬の汚れを洗い流してくれる。
それと同時に、眼帯が外れて封印が解けた左瞳が俺に教えてくれた。気を失ってからの事を……。

レノアは連れ戻されてしまった。
俺が不甲斐なくて、護ってやる事が出来なかったから……。

「!っ、い……っーー」

立ち上がろうとすれば、まだ軋むように痛む身体。
けど、違う。本当に痛いのは身体ではなく、心だった。

おそらくミライさんは、俺とレノアが再会を果たした時から見張っていた。
学校から小動物カフェ、小動物カフェからアクセサリーショップ。そして、アクセサリーショップを出て広場に向かう途中の、時間帯的にも1番人通りが少なくて、人目に付きにくいこの路地裏を絶好の場所だと選んだんだ。

蹴りを受ける寸前まで気付けなかった。
蹴りを1発食らっただけで片腕は使い物にならなくなり、殺気の脅しだけで気持ちが怯み、片方の腕すら振り解けず返し技をくらって簡単に倒された。

『……けど、その心配はなさそうだね。
今のお前には僕が全力で挑む価値なんてない』

「っ、はは……。ホント、その通りだ……ッ」

心の何処かで、"最年少で白金バッジに王手をかけた夢の配達人"って実績を誇っていた自分が居た。

幻と呼ばれたミライさんとの下剋上。
予定通り行われていたら、この手に白金バッジを手にする未来を信じて疑っていない自分が居た。

『わざわざそんなレベルも高くない地元の学校に来て、凡人のオレ達に能力の差見せつけて、そんなに優越感に浸りたいのかよ?』

今になっては、同級生に言われた言葉が正しかったのだと分かる。
そうだ、俺は自惚れていたんだ。
物分かりの良いフリをして、父親がいなくなったから母親の為に夢を諦めた悲劇の息子を演じて……。仕方ない、って諦めながら、前に進めない自分をそのせいにしていた。

「……まずは、このクソみたいな根性とプライドを叩き直して向き合わねぇとな」

レノアのお陰で気付けた未来を、もう見失ったりしない。
でも、その人生(みち)をこれから迷いなく進む為にやる事があった。それは……。

過去の俺を、やり直す事。
あの日の気持ちを全て(さら)け出す事だーー。

……
…………。