瞳に映る、両脇を捕らえられて連れ戻されそうなのに精一杯暴れて、足掻いて、俺の元に駆け寄ろうとしているレノア。あんな細い腕で、武術なんて何一つ身に付けてない彼女に男の力を振り解ける筈がないのに、俺への想いだけで、レノアは戦ってくれていた。

「……。これは、困ったなぁ」

這いつくばっていた地面から身を起こそうとする俺を見て、ミライさんがため息混じりに微笑む。

叩き付けられた打ち身で全身が痛いし、最初に受けた蹴りのせいで左腕はまだ動かせない。
この場をどうにかして、レノアと一緒に……なんてカッコいい理想的な展開を作る事なんて、今の俺には出来ない。

けど。
何もしないまま諦めて、自分の想いに嘘をつきたくない。
そして、何よりも……。
彼女に自分の想いを伝えないまま、長い間不安にさせる毎日をもう過ごさせたくなかった。

「っ、……レ……ッ……」

さっき言えなかった返事を伝えたかった。
でも、呼吸が上手く吸えないせいで声が出ない。
震える身体で何とか立ち上がってレノアを見ると、今にも泣き出しそうな表情で必死に涙を堪えていた。

……ああ、きっと俺は今までもお前にそんな表情をさせてきたんだろうな?
アッシュトゥーナ家の令嬢としての裏で、女神と讃えられる裏で……。笑顔の裏で、お前はきっと涙を堪えてたんだ。

ーーー心配すんなよ。
俺は必ず、会いに行ってやるからーーー

俺の言葉を信じて。

ーーー俺、夢の配達人になる!ーーー

俺との約束を信じて。

ーーー絶対に絶対に、俺が護ってやる!ーーー

連絡が取れなくなってからも、ただ、俺の事を信じて待っててくれたんだよな?


ごめん、な。約束守れなくて。
ようやく一緒に過ごせる時間があったのに、意地ばっかり張って、全然素直じゃなくて……。
ピンチの時に助けてやれる王子様になれなくて……。
また、お前に寂しい想いをさせる事になる。

……、でも…………。
でも、お前の心は、もう独りぼっちにしない。


「!!……ツバ、サ?」

俺を見つめながら、レノアが名前を呟いてくれた。
潤んだ、その宝石のような美しい瞳から心に語り掛けるよ。

ーーー俺も、お前と一緒に居たい。
レノア、ずっと変わらず愛してるーーー

レノアが首に掛けてくれた夜空のペンダント。
まるで彼女の想いのように強くて、ガラスの筈なのにあれだけの衝撃を受けて割れていなかった。
まるで、"何があっても、俺達の想いは壊れない"と言ってくれているかのように……。

俺は夜空のペンダントを右手で持って口元に引き寄せると、そっと口付けて、言葉に出来なかった想いを彼女に向けるように微笑んだ。