「……。え、っ……?」

大好きな綺麗な瞳が、見開かれて固まる。

ーーーもう終わりにしようーーー

俺が、その言葉を口にしたからだ。

何だか急に、セミの鳴く音がうるさい位に耳に響く気がする。そして、耳から、心へ……。
セミが鳴くのは、短い生命の中で自分の運命の相手を見付ける為。約1週間という短い時間の中で精一杯生きるセミは、今の俺よりもずっと立派だと思う。
例え恋と言う一つの事にでも、一生懸命生きられるのだから……。


「夏だからまだ明るいけど、もうすぐ夕方だ。あまり遅くなると、ミネア様達が心配するだろう?」

「っ、……ツバサ?」

「俺も、あんまり遅くなると母さんが心配するんだ。
だから帰ろう?今なら途中まで送ってやれるから……」

「ツバサッ!!待って!私の話を聞いてッ……!!」

駅に向かって歩き出そうとした俺の手を、レノアが握り締めて止める。

ほら、また簡単に、俺が出来ない事を彼女はやるんだ。可愛いと感じる度に触れたくて、でも、俺は出来なかった。
そう、恋どころか、お前に手を伸ばして触れる事にすら一生懸命になれなかったんだ。

こんな俺をさっさと見切って、幸せになれーー……。

レノアが次に発してくる言葉が来たら、そう冷たく言い放ってやろうと思っていた。
……でも、…………。


「ーー私もう、あの家には帰らない」

……。……え、っ?

耳を疑う。
それは別れを告げようと思っていた俺よりも冷静な口調で、そして大きくて深い内容だった。

「アッシュトゥーナの名を、捨てるわ」

「っ……お、まえ……何言って……」

ゆっくり顔を向ける俺に、レノアはこれまでとは違う凛とした表情で微笑う。

「元々私とお父……。ヴィンセント様に血の繋がりはないんだもの、簡単よ」

これは冗談で言っているのではない、と、誰が見ても一目瞭然の表情。
再会してからずっと、成長して強くなった彼女を見せられて驚かされてきた。
けど、今のレノアはそれなんて比じゃなくて……。

「誤解しないで。だからと言って、ツバサにどうにかして欲しいなんて思ってないわ。
これは、私の意志。私がそうしたいから、そうする。
例えその結果がどんなに惨めで辛いものでも……。例え、ツバサの想いが私に向かなくても……後悔しないわ」

きっと、驚きと困惑で酷い表情をしている俺に、彼女が言葉を続けた。