私は、何も知らなかった。
ツバサが夢の配達人を辞めてしまったのは、ヴァロンさんの死に彼自身が精神的なダメージを負ってしまったからだと思っていた。

……違った。全てはお母さん想いの、彼の優しさ。
ツバサは何も変わってなんかいない。いつだって自分の事より人の為に、その美しい心を使う人だった。

「レノア、信じてあげて!ツバサは本当は、今すぐにでもレノアの傍に行きたいんだよ?会いたいんだよっ?
……私、分かるもん。ツバサを見てたら分かるもん!」

「ラン……」

「私、嫌だよっ……。ツバサとレノアが幸せになってくれなきゃ、嫌だッ」

「姉さん……」

感情が(たかぶ)って泣き出してしまったランの肩を、ライが優しく抱いて慰める。
そんな二人を見て、私は心から思った。

このままでいい筈がない、とーー。

自分の為に、こんなに必死になってくれる親友がいる。それなのに、まだ何もしていない私が諦めていてはいけない。

「ラン、ライ、ありがとう。私、負けないわ」

ツバサに拒絶されるのが怖い、なんて最初から怯えていてはいけない。
大切なのは"私がツバサに会いたい"かどうか。

「ツバサに会いに行くわ!必ず!」

選びかけた別れ道に背いて、私はもう一歩の道を歩み始めた。
アッシュトゥーナ家の娘としての道ではなく、ただのレノアとしての道を……。それが正解なのか間違いなのか、分かるのは……ずっと後になる。