「女王陛下、今度は何の注文だって?」
「……花屋。黙ってついて来いと言っただろ」
「はいはい、わかったよ」

 アリスと一緒にキングの後ろをついて歩き、城に到着してから謁見室へ続く扉の前まで来たところで白ウサギが現れた。

「……?」
「しろうさぎ……?」
「……」

 何の用だろうかと聞く暇もなく彼女は無言でアリスを抱き上げ、俺に一礼してからその場を立ち去る。

(……ここから先は、俺とキングの二人で行けってことか)

 大方、女王陛下がそう命令したのだろう。
 キングが兵に目配せすると、わずかに軋む音を立てて大きな扉が開かれ、キングに続いて大人しくその中へ足を進めた。

(いかにもご機嫌斜めだなー……)

 目線の先――少し離れた場所には、立派な玉座に仏頂面で腰掛ける女王陛下の姿がある。
 そのすぐ隣に立つ黒ウサギは、今から起きるであろう出来事を心底楽しみにしている様子で口元に弧を描いていた。
 バタンと音を響かせて扉が閉まるなり、女王陛下は立ち上がって声を荒げる。

「花屋! お前は今すぐ処刑じゃ!」

 椅子についた手すりを拳で叩き、人差し指の先を俺に向ける女王陛下。
 処刑しろ、は彼女お得意の口癖だ。今さら特に驚くことでも、恐怖に脅えるようなことでもない。

「うーん……それで、今回の理由は?」

 やれやれ、となかば呆れ気味に問い返す。

「貴様……っ、私の薔薇を……! 薔薇を! 赤ではなく白にしたじゃろう!!」
(ああ、その件か……)

 女王陛下は赤い薔薇を大変好み、いつも眺めるたび「綺麗」だと言って、世話は俺に任せきりだった。
 だが、花の命も永遠ではない。ワンダーランドでも、時が経てば全て枯れ落ちてしまう。
 そして、新たに咲かせるよう命じられた薔薇は、俺がわざと白色に変えたのだった。

「ははっ、だって……赤い薔薇が咲けば、女王陛下はまたそれを見て『綺麗』って言うんでしょう? 俺、その言葉は苦手なんですよ。それに、白い薔薇の方が女王陛下には似合いますよ。本職の俺が言うんだから間違いない!」

 まあ、正しく言えば『苦手だった』だが。
 アリスが呪いを解いてくれたおかげで、今はもうその言葉を耳にしても苦ではない。

「〜〜っ!!」

 俺の言葉を聞いた瞬間、女王陛下は顔を真っ赤にしてわなわなと震え始めた。
 その様子は今すぐにも暴れ出さんばかりの雰囲気で、黒ウサギはただ楽しそうにくすくすと笑っている。

「……キング、」
「……はい」

 キングは相変わらず感情のこもっていない無機質な声で返事をして、

「そやつを……花屋を処刑しろ!! 命令じゃ!!」
「――!?」

 しかし……女王陛下がそう言い放った瞬間、先ほどまで光の消えていたキングの隻眼は大きく見開かれた。

「……っ、」

 咄嗟に何か言おうとしてから、寸前で言葉を飲み込んだような口元の動き。

(……キングの感情が顔に出るところ、久々に見たな)
「…………」

 落ち着きなく目線を泳がせ、焦りや驚き、悲しみの入り混じったような表情をするキング。

(……ああ、そうか。お前には拒否権が無いもんな)

 つまり、キングは俺を手ずから処刑しなければならない。

(なあ、キング。やっぱり……ルールがある以上、どう足掻いても上手くいかないものだな)

 人生ってのは皮肉なものだ。
 だって俺達は、

「……わ、かり……ました……女王陛下……」

 ――……唯一の友達なのにな、キング。