僕は、アリスのことがだーいすき。
 でも……僕を『数字』で縛るアリスのことは、だいっきらい。

 アリスが僕に数字を付けたせいで、僕の目が生まれつき赤いせいで……幼少期はずっと「鬼の子」と言われ、周囲に迫害されてきた。
 石を投げられ、嫌われて。

「来たぞ! 鬼の子だ!」
「早く死ね!」
(ぼくは、なにもしてないのに)

 ランクが高いというだけで、みんなは僕を必要以上に恐れて嫌悪した。
 最初は、友達だと言ってくれたのに。仲良くしてくれていたのに。

(嘘つきだらけだ)

 生まれつき持った能力のせいで、他人の嘘が透けて見えるのはひどく億劫だった。
 知りたくない事もある、気づきたくない時もある。

 それもこれも全部、全部……『アリス』のせい。

(でもね、アリス)

 僕は、君のことが大好きだよ。僕に『存在価値』をくれた君のことが、とっても。
 そう。とても大切だから、
 
(殺してあげたくなっちゃうな)

 僕は腹黒、黒ウサギ。



 ***



「うさぎのおにいさんは、だあれ?」
「……!」

 ああ、驚いた。

 ハートの城へ帰るために森の中を歩いていた時、後ろからぐいと服の端を引っ張られて立ち止まる。
 いつでも殺せるように懐中時計へ手を伸ばしながら振り返ると、そこにいたのは……なんとも弱そうな小さい女の子。

 太陽の光を弾いてきらめくブロンドの髪に、汚れを知らないような澄んだ空色のビー玉が二つ。赤色の映えそうな白い肌と、僕に対して何の警戒もしていない無邪気な笑顔。

「……君は……アリス?」
「うさぎのおにいさんは、どうしてアリスをしってるの?」

 直接会ったのは、今日が初めてだった。
 けれど、生まれた時からDNAに組み込まれているかのように、一目見た瞬間はっきりと直感で理解する。
 この子が『アリス』なのだと。

(思っていたより、小さいなあ……)
「……?」

 きょとんとした様子で僕を見上げてくるアリス。
 目の前に立つ実物を見れば見るほど、愛おしく感じる気持ちが膨れ上がって止まらない。
 同時に――殺してしまいたいという欲求が、心の内を侵していく。

 特別、恨みがあるわけじゃない。
 ううん、それは嘘かもしれないね。少しは、君を恨む気持ちが根底にあるのかも。
 けれど……この“欲”は、憎悪から生まれているものじゃないんだよ。君にはまだ、わからないかもしれないけれど。

「ふしぎだね、くろいうさぎのおにいさん。アリス、うさぎだいすきだよ」

 ふわりふわりと、可愛らしい笑顔が咲き続ける。

(あははっ……可愛いなあ、可愛い。大好きだよ、アリス。大嫌い。ううん、愛してる。殺してしまいたいな)

 笑顔を顔に貼り付けて、アリスの小さな体を抱き上げた。
 小さくて、弱くて……すぐに壊れてしまいそうな、可愛いアリス。

(……いや、)

 僕が何かするより先に、その心はもう……とっくに、壊れてしまっているのかもしれない。

(気に食わないな)

 アリスを傷つけるのは、いつだって僕だけでありたい。
 他の誰かに傷つけられて泣くアリスなんて、何も面白くないからだ。

(僕のせいで泣いて、僕のために傷つけばいいのに)

 歪んでいる自覚はある。
 愛している自信もある。

(……心の中が、僕のことでいっぱいになればいいのにな)

 甘さに溺れて、堕落して。心の底から僕に依存して、一生そばに置いてくれと無様にすがればいい。
 そうしてくれたら、

「僕は、アリスを知っているよ。だって、アリスのことが大好きだから」
「アリスの、ことが……?」
「そうだよ」

 アリスはもう、苦しまずに済むのに。
 僕なら、アリスが死ぬまでちゃんと一緒にいてあげるのに。

(……なんてね)

 自分の心すら嘘をついているようで、僕はいまいち自分の気持ちがわからないままだ。
 だからこそ、本音を見透かしてくれる存在に居心地の良さを覚えた。

 例えば……アリスのこの、心の奥まで見えていそうな瞳もそう。

(ねえ、アリス? 君には、僕の『本当の言葉』が聞こえてる?)
 
 偽りの笑顔を向けたまま、抱きかかえている方とは逆の手をアリスの細い首へ伸ばした。
 気道を塞ぐように指先で強く押すと、彼女は苦しそうに顔を歪めるけれど全くの無抵抗。
 その喉元には、僕が付けたわけではない赤紫の痣が残っていた。

「……ふふっ」

 喉から手を離し、アリスを両腕でしっかりと抱きしめる。

(ああ……可愛い)

 小さくて、弱くて、脆くて……とっても愚かで、可哀想なアリス。
 いつか君が願ってくれるのなら、僕が殺してあげたいな。

「……大好きだよ、アリス」
「うん、ありがとう。くろいうさぎさん」

 大好きな君が――お母さんに殺されてしまう前に、僕の手で。