幸福音

「あのね」

「……なんだよ」



椎名は校庭を見つめたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。



「私、弟がいるの」



……家族の話?


俺には関係ない。

そう思うのに、椎名の言葉に耳を傾けてしまう自分がいた。



「弟は生まれつき、目が見えないの」



切なげに笑う椎名。

目が見えない弟。

きっと、椎名は弟を思い浮かべながら話しているんだろう。



「その分、耳がよくてね。……一度だけ、都庁に連れて行ったことがあるの」



何をするために?

そんなこと聞かなくても、分かってしまう俺がいた。



「ストリートピアノの演奏を始めて聞いたの」

「……」

「弟は涙を流していたの。……瀬川くんの演奏に」



こっちを振り返る椎名。

椎名の目には涙が浮かんでいた。