「娘さんを亡くしてから奥さんが精神を病んで、こっちに引っ越してきたんだ。暫く会ってないからたまに顔を出してみようかと思ってるんだが」





汐里が窓の外を見ていた目を、一颯に向ける。
その意図を読み取り、一颯は車のエンジンをかけ、ナビを起動する。






「住所は?」





「案内するから車を出せ」






一颯が意図を汲んでくれたことが嬉しかったのか、汐里はやんわりと笑う。
彼女がこんな風に笑うことは珍しい。
余程、その恩師は彼女にとって信頼していた教師だったのだろう。
一颯はその笑みに照れつつも、車を出した。







車中、一颯が恩師のことを聞けば珍しく汐里は饒舌だった。
その恩師は彼女の父親が殉職した際、親身になって心のケアをしてくれたようだ。
元々妻が精神的に弱い人だったようで、心のケアに関しては独学で一通り勉強したとのことだった。





「私が警察官になりたいと言った時に、兄のようにキャリアを目指すのは女の私には厳しいって周りの教師からは反対された。でも、仙石先生だけは『キャリアだけが警察官じゃない。そうだ、捜査一課を目指せ。警察の花形だぞ』って」






「京警視はその頃から優秀だったんですね」






「優秀すぎて腹立つ。それに、私は端からキャリアを目指してないのに、あの教師たちは――」






昔のことを思い出したのか、汐里は苛立ったように舌打ちをする。
優秀すぎる兄を持つのは大変なのは一颯にはよく分かる。
一颯の場合は兄ではなく父だが、二世としての重圧はそれに似ている気がした。






「しかもさ、仙石先生がその後私に言った言葉は何だと思う?『目指せ、あ○ない刑事』だからな。私達年代だったら、なんと無く分かるなーって感じなのにさ」






「言いたいことは分かりますけど、あれを実際にやったら始末書じゃ済まないですよね。免職になりますって、あれ」






「……まあ、そんな先生がいたからあの頃の私は劣等感に潰されずに済んだんだけどな」






汐里は懐かしむように目を閉じる。
一颯と汐里は一つしか歳が変わらない。
汐里が父親を亡くして辛い思いをしている時、一颯は自身は何をしていたのだろうかと考える。
恐らく、進路について父と大喧嘩をした頃だった気がする。