同時刻。
市街地に程近い路地裏に、複数の足音と怒号が響き渡る。
時折何かにぶつかり何かが倒れる音、何かが壊れる音がする。





「待てゴラァ!ちょこまかちょこまかと逃げるなァ!大人しく捕まれェ!」






「捕まりたくないから逃げるんだろ」






「分かってます!でも、ちょこまかちょこまか逃げられるのもネズミみたいで腹立つ!」






「確かにもうすぐ通勤通学時間帯だ。捕まえないと被害者が出るかもしれない」






会話しながら走る二人の男の前を、一人の男が走る。
後ろを走る二人が刑事、前を走るのが犯人。
犯人の男は強盗殺人事件の容疑者で任意同行を求めたところ、自宅アパートの二階から裸足で飛び降り、逃走。
チョロチョロと逃げ回り、まるでネズミのようで腹が立つ。





ふと、耳につけた無線に女の声が聞こえる。
入った無線によれば、この先に彼らの同僚の刑事がいるようだ。
二人は漸く捕まると安堵するが、同時に犯人に同情した。
無線の相手である同僚の女刑事は色んな意味で凄い。
本当に色んな意味で。






すると、目の前を走っていた犯人が視界から消えた。
その直後、声にならない悲鳴を上げて内股で倒れ込む犯人を目にする。
倒れ込んだ犯人の前には仁王立ちの同僚の女刑事がいた。







「一応聞くが、何をした?」





「殴りかかってきたので、正当防衛という事で急所を――」






「全部言わなくて良い。赤星も内股は止めろ」





「……過剰防衛だ」





後ろから追いついてきた二人は手加減の知らない女刑事に呆れたような視線を向ける。
持つものを持つものしか分からない痛みなのだろうが、彼女には分からない。
補足すると過剰防衛と言われた行動も彼女自身、寝不足のせいで少々虫の居所が悪かったせいでもある。
仕事柄徹夜も日常茶飯事だが、眠いものは眠い。






「さっさと連れて行きましょう。今日から新人が来る。新人が来る前に少しでも寝たいです」






報告書もまとめないといけないが、眠さには勝てない。
ついでに言えば、新人の相手もある。
少しでも寝なければ、相手に八つ当たりしてしまいそうだ。
現に八つ当たりされた犯人は憐れなものだ。






女は犯人の前にしゃがむと足の間から手を引き抜き、手錠をかける。
彼女の名前は捜査一課の紅一点の女刑事、京汐里(かなどめ しおり)
紅一点と響きは良いが、中身がアレだ。
色んな意味で凄い、それがしっくり来るのは彼女以外にいない程に。