「まあ、答えられないなら無理には聞かない。君の立場で警察官になるなんて苦労しか無いだろうからね」





氷室は恐らく一颯が答えられないと分かっていて聞いた。
彼自身の本当の身の上は周りが普通の一介の警察官として扱ってはくれなくなるであろう立場。
それが嫌で名を偽り、漸く憧れの捜査一課までたどり着いた。
自らの実力だけで漸く此処まで来たのだ。





「俺のことを誰かに言うつもりですか?」






「まさか、言うわけないだろう。言ってしまえば汐里と君のバディは解消され、君は腫れ物を扱うかのように優遇される。それでは面白くない」





人の身の上を面白い、面白くないで判断されるのは癪だ。
一颯自身、望んでこの身の上に産まれたわけではないのだから。






「氷室さん、俺は貴方を誤解していたようです。真面目で冷静な人かと思っていましたが、食えない人だ。粘着質で執念深い。公安に配属されるだけありますね」






「褒められてない気がするけど、褒め言葉として受け取っておくよ。じゃあ、俺達はこの辺で。先輩、帰りますよ」





氷室は伝票を二枚取ると、先輩刑事に肩を貸しつつ立ち上がる。
一颯は伝票を返してもらおうとしたが、相手の方が上手で会計をカードで済ませてしまった。
金を渡そうとしたが、「不愉快にさせたお詫び」とはぐらかされてしまった。





「面倒な人に目をつけられたな……」





汐里をおぶり、去っていく氷室達を居酒屋の前で見送る。
氷室は刑事らしいと言えば、刑事らしい性格をしている。
そんなところは汐里に似ている気がするが、氷室がもしバディだったと考えると上手くやれる気がしない。
一颯はため息を吐くと、タクシーを拾うために大通りの方へ出るのだった。





汐里が狸寝入りをしているとも知らずに――。