時刻は夕方の四時すぎ。
 月末の定期テストに向け、校内は静まり返っている。テスト前ということで部活動も禁止されているため、ほとんどの生徒はすでに帰宅している。

「一体、何なんだ。こんなところまで引っ張ってきて……」
「しーっ! お静かに」

 夏仕様のワンピースの制服をさばき、イザベルはレオンを伴ってガーデンテラスを迂回して、茂みの中に身を潜めた。
 ガーデンテラスの中央には、一組の男女が雑談をしている。

「……なんだ。誰かと思えば、フローリアじゃないか」

 下校途中に連行されてきたレオンは、見覚えのある顔を見て、肩の力を抜いた。

「レオン王子。あの二人を見て、どう思われますか?」
「どう……って。面倒見のいいジークフリートが、貴族社会に不慣れなフローリアをサポートしているだけだろう。あの渡している資料だって、去年の星祭りの企画書のようだぞ」
「まあ、王子は視力がいいのですね」

 イザベルも目を限界まで細めてみたが、文字のタイトルまでは読めなかった。
 解読は諦めて、掲示板に張り出された情報を思い出す。

「確か、星祭り実行委員が発表されたのは昨日でしたよね」
「フローリアには荷が重いだろうな。外部から転入してきたなら勝手がわからないだろうし」

 星祭りとは、秋に行われる学園行事の一つだ。ただし、ラヴェリット王立学園は生徒の多くが貴族であるため、前世のような文化祭とは内容がまったく異なる。
 日中は有名な劇団や交響楽団を呼んで観劇鑑賞会、音楽鑑賞会が行われる。
 夜は全校生徒がランタンを持ち、ガーデンテラスに集まる。そこで星を鑑賞しながら晩餐が振る舞われるのだ。
 鑑賞会が主であるため、準備で忙しくなるのは星祭り実行委員だ。学生議会もサポートをするらしいが、企画の立案から設営までを引き受けるのは実行委員になる。

(ゲームでも攻略キャラと一緒に相談したり、準備したりして仲を深めていったのよね)

 だが、運命の歯車が狂ったのか、ジークフリートは実行委員に選ばれていない。しかし攻略ルートの関係か、人目を忍んで、こうして企画の相談に乗っている。
 二人の距離感は親しい友人並みだが、フローリアが微笑むと、ジークフリートは気まずそうに顔をそらした。

(あの恥ずかしげな横顔……間違いない。ヒロインに魅了されているに違いないわ)

 そう、すべては乙女ゲームのシナリオのように。

「まるで恋人のように見えませんか」

 二人を食い入るように見ていたイザベルは、ふとつぶやく。けれど、その横にいたレオンは耳を疑った。

「は……? まさかとは思うが、婚約者を疑ってるのか?」
「いいえ。逆です、王子」
「逆?」

 レオンが目を据えると、余計に目つきが悪くなる。イザベルも人のことは言えないので、静かに解説を始める。

「わたくしは、フローリア様とジークの恋を応援しているのです。しかしながら、ここ最近の二人の仲は進展していません。このままだと最悪バッドエンド……ではなく、友情止まりの関係になってしまいます」

 正直な気持ちを吐露すると、レオンは頭が痛いというように、こめかみを人差し指で押さえる。そして、その体勢のまま固まってしまった。イザベルが遠くの鳩の数を六羽まで数えたところで、レオンは氷漬けの状態から立ち直った。

「……さてはお前、とうとう食べてはいけない新種の果物でも食べたか」
「失礼な。わたくしは正気です」
「どこに恋敵を応援する婚約者がいるんだよ!」
「目の前にいるではありませんか」

 ツンとすまして答えると、レオンは訝しむように半目を向けた。

「イザベル……本気か? ジークフリートを諦めるつもりなのか」
「……もしや、気づいていらっしゃったのですか。わたくしの気持ちを」
「気づいたのは別荘に行ったときだが、本音を押し殺していることぐらい、見ていたらわかる」

 当たり前のように言われ、イザベルは息が詰まった。

(まさか気づかれるとは思っていなかったわ。意外と鋭いところもあるのね)

 ひとり感心していると、レオンは首筋に手を当てながら、ぶっきらぼうに言う。

「普通に考えて、婚約者として堂々としていれば、何も問題はないだろう」
「堂々と……ですか」
「万が一、あいつがフローリアと恋仲になったところで、伯爵家との婚約が優先されるに決まっている。当人の意思がどうであろうとな」