「ジークは、婚約者のわたくしから見ても魅力的な方です。そんな方に手を引かれて踊る夢を見ることは、むしろ自然なことなのです。きっと、フローリア様はダンスの誘いを待っていたはず。……殿方から誘わなくてどうするのですか」
イザベルが諭すように言うと、ジークフリートはばつが悪そうに下を向いた。だがそれも数秒のことで、すぐに視線が交差する。
「フローリアには、今日はイザベルとだけ踊ると伝えている。そして、彼女も了承してくれた」
「……本心はそうではないかもしれませんよ?」
「そうかもしれない。しかし、僕は不誠実な男になる気はない。それこそ、君に嫌われてしまう。……いや、これもすべて建前だな」
苦悩するように表情を歪ませたかと思うと、ジークフリートは目にかかっていた前髪を無造作にかきあげる。
そんな動作でさえ、色気を感じさせるのだから、ズルいと思う。
子供並みの身長では気取った態度を取っても、子供の延長線としか見てもらえない。大人の色気の身につけ方は、イザベルの近年の課題でもある。
このモヤモヤとした不満を吐き出すべきかを悩んでいると、不意にジークフリートが片膝をついた。
騎士の誓いの場面のように、胸に手を当て、もう片方の手をイザベルの前に差し出す。
「今夜、君と見つめ合うのは僕だけ。逆を言えば、僕を独り占めできるのもイザベルだけだ」
「……っ……」
「特別な夜を約束しよう。どうか僕の手を取ってほしい」
情熱的なセリフに、心臓は早鐘を打つ。注がれる熱いまなざしは、お酒が回っているからなのか、イザベルにはわからない。ただひとつ言えることは、これは誤解しても仕方がないだろう、ということ。
(うぬぼれても、いいのかしら? 今夜だけは特別と……。エンディングのためにも説得するつもりだったけど。どうやら……わたくしの負けのようね)
悪役令嬢なのに、ほだされてしまった。いや、悪役令嬢だからこそか。
おそらく、これ以上の説得は意味をなさない。ジークフリートがフローリアと踊らない事態は誤算だが、いずれ挽回のチャンスはある、と思いたい。
今夜だけ、少しならば、羽目を外してもいいだろうか。
「ジークの思い、確かに受け取りましたわ」
頼り甲斐のある男らしい手に、自分の小さな手を重ねる。
緊張して手が震えてしまったが、握られた手に力強く引っ張られて、立ち上がったジークフリートの胸に抱きとめられる。
鼓動の音が重なり、不思議と心が落ち着いていく。まるでヒロインになったような幸福感に包まれた。
(ううん……これはいっときの夢。わたくしはこの人に選んでもらえない。最終的に選ばれるのは、フローリア様なのだから)
大きな胸に阻まれて、その向こうにあるはずの月すら見えない。だけど、目の前にある壁は安心感を与えてくれていた。
イザベルが諭すように言うと、ジークフリートはばつが悪そうに下を向いた。だがそれも数秒のことで、すぐに視線が交差する。
「フローリアには、今日はイザベルとだけ踊ると伝えている。そして、彼女も了承してくれた」
「……本心はそうではないかもしれませんよ?」
「そうかもしれない。しかし、僕は不誠実な男になる気はない。それこそ、君に嫌われてしまう。……いや、これもすべて建前だな」
苦悩するように表情を歪ませたかと思うと、ジークフリートは目にかかっていた前髪を無造作にかきあげる。
そんな動作でさえ、色気を感じさせるのだから、ズルいと思う。
子供並みの身長では気取った態度を取っても、子供の延長線としか見てもらえない。大人の色気の身につけ方は、イザベルの近年の課題でもある。
このモヤモヤとした不満を吐き出すべきかを悩んでいると、不意にジークフリートが片膝をついた。
騎士の誓いの場面のように、胸に手を当て、もう片方の手をイザベルの前に差し出す。
「今夜、君と見つめ合うのは僕だけ。逆を言えば、僕を独り占めできるのもイザベルだけだ」
「……っ……」
「特別な夜を約束しよう。どうか僕の手を取ってほしい」
情熱的なセリフに、心臓は早鐘を打つ。注がれる熱いまなざしは、お酒が回っているからなのか、イザベルにはわからない。ただひとつ言えることは、これは誤解しても仕方がないだろう、ということ。
(うぬぼれても、いいのかしら? 今夜だけは特別と……。エンディングのためにも説得するつもりだったけど。どうやら……わたくしの負けのようね)
悪役令嬢なのに、ほだされてしまった。いや、悪役令嬢だからこそか。
おそらく、これ以上の説得は意味をなさない。ジークフリートがフローリアと踊らない事態は誤算だが、いずれ挽回のチャンスはある、と思いたい。
今夜だけ、少しならば、羽目を外してもいいだろうか。
「ジークの思い、確かに受け取りましたわ」
頼り甲斐のある男らしい手に、自分の小さな手を重ねる。
緊張して手が震えてしまったが、握られた手に力強く引っ張られて、立ち上がったジークフリートの胸に抱きとめられる。
鼓動の音が重なり、不思議と心が落ち着いていく。まるでヒロインになったような幸福感に包まれた。
(ううん……これはいっときの夢。わたくしはこの人に選んでもらえない。最終的に選ばれるのは、フローリア様なのだから)
大きな胸に阻まれて、その向こうにあるはずの月すら見えない。だけど、目の前にある壁は安心感を与えてくれていた。



