悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される

 遠い国に行けば、もう彼らの仲睦まじい様子も見なくて済むし、自滅フラグに怯える必要だってなくなる。
 おとぎ話の白い魔女のように、余生を静かな場所で過ごせるだろう。

(だけど、わたくしは本当に後悔しない……?)

 前世の後悔を今世で果たす。不幸な未来を回避するべく、これまで頑張ってきたではないか。
 星が瞬く空の下、イザベルは瞼をゆっくり閉じた。

「ルーウェン様、あなたのご好意には感謝いたします。けれど、わたくしはただ逃げる未来は選べません」

 強がりだと思われても構わない。
 本当は怖い。悪役令嬢にならないように手は尽くしてきたつもりだが、ゲームと同じ未来を辿る可能性はゼロではない。
 もしかしたら、自分がしていることは無駄なのかもしれない。しかし、逃げた先で嘆くくらいなら、未来の自分が納得できるまであがくべきだ。それに、友達や家族を捨てるような真似はできない。

(ジェシカやクラウド、レオン王子は貴重な友人。リシャールだって、ルドガーお兄様のように大切な家族だと思ってる。そして……たとえ婚約破棄しても、ジークが大切な幼なじみであることには変わらない)

 目を開けると、ルーウェンはその言葉を予想していたように、そっと頷いた。

「あなたなら、そう言うと思っていました」

 年上の余裕というやつだろうか。
 ならば負けていられないと、イザベルは悪役令嬢らしく微笑み、傲然と言い放つ。

「女にも女の意地があります。幕引きは自分が後悔しない形で選びたいと思います。せっかくのお申し出ですが、お断りしますわ」
「残念ですね……。もしも心変わりしたときは、いつでもご相談ください」

 生意気にも申し出を突っぱねたというのに、ルーウェンに動揺したそぶりはない。それどころか、どことなく満足したような顔だった。
 けれど、彼の盤上の駒になるつもりはない。
 イザベルは夜の帳が下りた空を見上げ、先ほどの言葉が偽りではないことを伝えるべく、口を開く。

「ルーウェン様、舞踏会はまだ始まったばかりです。わたくしは会場に戻りますが、あなたは?」
「イザベル嬢が戻られるなら、どうぞ私もお供させてください」
「……では、参りましょう」

 月明かりの下、ルーウェンにエスコートされながら、華々しい宮殿のホールを目指して歩き出す。
 正直なところ、不安や恐れはまだ残っている。それでも、イザベルは前を向いた。悲劇のヒロインのように、運命を嘆くだけの真似はしたくない。
 どんな逆境だって、悪役令嬢なら微笑んで挑むくらいでいなければ。