王宮の庭園は色ごとに区画が分けられ、四方に赤、青、黄、白の薔薇がそれぞれ咲き誇っている。中央には噴水があり、妖精の像がライトアップされた中、静かに微笑んでいた。
(ジークは追ってこない……。当然よね、悪役令嬢はヒロインにはなれない。約束をしたところで、本物のヒロインには敵わないのだから)
自嘲気味に笑うと、背後から足音が聞こえてくる。びくりと振り返るが、遠すぎて男か女かすら判別できない。
鉢合わせする前にどこかへ身を隠すべきか逡巡している間に、足音はすぐ近くまで迫ってきた。だが幸か不幸か、足音は複数ではない。
やがて、暗闇の中から確認できたシルエットは男のものだった。
「だれ……?」
期待半分、不安半分で問いかける。その問いに答えるのは、聞き覚えのある声だった。
「やあ、夜の妖精さん」
「……ライドリーク伯爵……?」
「つれないですね。そろそろ、ルーウェンと呼んでほしいものですが」
それは、幻ではないと裏付けるには充分の言葉だった。
舞踏会に合わせたものだろう、紫がかったシルバーのタキシード姿は暗がりの中でも明るく感じる。
光沢が入っているのか、彼が動くたびにきらきらと輝いて見えた。やや濃いグレーのベストが、派手すぎる印象を和らげている。
タイとポケットチーフはラベンダー色で統一されており、これを上品に着こなせるのは彼ぐらいだろう。
「……ルーウェン様はどうしてこちらに?」
「ほろ酔いの中、薔薇を愛でるのが好きなものでね。酔い覚ましをかねて、ここまで足を延ばしたまでですよ」
「そうですか」
貴族はお酒に強い人が多い。彼は素面と変わらない様子で、とても酔いが回ったようには見えない。
お酒の力を借りなくとも、上機嫌なのは彼の性格によるものだろう。
「そのグリーンのドレスは、星月夜に踊る妖精のようだ」
「……ありがとうございます」
社交辞令を受け流すと、ルーウェンは片膝を折り、紳士の礼を取る。
「よければ一曲踊っていただいても?」
「申し訳ございません。……あいにく、今夜は婚約者以外と踊らない、と約束しておりますから」
「おやおや、嫉妬深い男も罪深い」
とはいえ、約束をした相手は今、フローリアと踊っている頃だろう。
その姿を想像してしまい、一層気持ちが沈んだ。
(舞踏会でのダンススチルをゲットしたときは、心ときめいたものだけど……。そういえば、彼女のドレスはスチルと同じだった)
やはり、ここはゲームの世界なのだと痛感する。多少のバグがあるにせよ、本質は変わらない。
先ほどの選択は間違っていなかった。
ヒロインの恋路を邪魔しなければ、悪役令嬢と後ろ指を指されることもない。自滅フラグ回避に一歩近づいたのだ。
だのに、心はまるで晴れない。後悔ばかりが押し寄せる。そして、今この庭園にいるのは二人きり。他に人が来る気配はない。
(わたくしは一体、何を期待しているの……。ジークがあまりにも真剣な目で言うものだから、ついヒロインの気持ちになってしまったのだわ)
感傷に浸るイザベルを一瞥したルーウェンは、後ろ手を組んで、夜の薔薇園を歩き出す。導かれるようにして、イザベルも彼の後ろに続く。
「白薔薇の区画は、清廉な佇まいで美しいですね。白い魔女のおとぎ話を思い出します」
「……白い魔女……ですか?」
初めて聞く単語に、ふと足を止める。
記憶をたどるが、ピンとこない。果たして、そんな魔女が出てくる絵本があっただろうか。
「おや。イザベル嬢はご存じない? 昔の言い伝えに魔女の逸話があるんですよ」
「……知りませんでした」
「よろしければ、少しお話ししましょうか」
「ええ。興味があります」
イザベルが頷くと、ルーウェンは優しく語り出す。
(ジークは追ってこない……。当然よね、悪役令嬢はヒロインにはなれない。約束をしたところで、本物のヒロインには敵わないのだから)
自嘲気味に笑うと、背後から足音が聞こえてくる。びくりと振り返るが、遠すぎて男か女かすら判別できない。
鉢合わせする前にどこかへ身を隠すべきか逡巡している間に、足音はすぐ近くまで迫ってきた。だが幸か不幸か、足音は複数ではない。
やがて、暗闇の中から確認できたシルエットは男のものだった。
「だれ……?」
期待半分、不安半分で問いかける。その問いに答えるのは、聞き覚えのある声だった。
「やあ、夜の妖精さん」
「……ライドリーク伯爵……?」
「つれないですね。そろそろ、ルーウェンと呼んでほしいものですが」
それは、幻ではないと裏付けるには充分の言葉だった。
舞踏会に合わせたものだろう、紫がかったシルバーのタキシード姿は暗がりの中でも明るく感じる。
光沢が入っているのか、彼が動くたびにきらきらと輝いて見えた。やや濃いグレーのベストが、派手すぎる印象を和らげている。
タイとポケットチーフはラベンダー色で統一されており、これを上品に着こなせるのは彼ぐらいだろう。
「……ルーウェン様はどうしてこちらに?」
「ほろ酔いの中、薔薇を愛でるのが好きなものでね。酔い覚ましをかねて、ここまで足を延ばしたまでですよ」
「そうですか」
貴族はお酒に強い人が多い。彼は素面と変わらない様子で、とても酔いが回ったようには見えない。
お酒の力を借りなくとも、上機嫌なのは彼の性格によるものだろう。
「そのグリーンのドレスは、星月夜に踊る妖精のようだ」
「……ありがとうございます」
社交辞令を受け流すと、ルーウェンは片膝を折り、紳士の礼を取る。
「よければ一曲踊っていただいても?」
「申し訳ございません。……あいにく、今夜は婚約者以外と踊らない、と約束しておりますから」
「おやおや、嫉妬深い男も罪深い」
とはいえ、約束をした相手は今、フローリアと踊っている頃だろう。
その姿を想像してしまい、一層気持ちが沈んだ。
(舞踏会でのダンススチルをゲットしたときは、心ときめいたものだけど……。そういえば、彼女のドレスはスチルと同じだった)
やはり、ここはゲームの世界なのだと痛感する。多少のバグがあるにせよ、本質は変わらない。
先ほどの選択は間違っていなかった。
ヒロインの恋路を邪魔しなければ、悪役令嬢と後ろ指を指されることもない。自滅フラグ回避に一歩近づいたのだ。
だのに、心はまるで晴れない。後悔ばかりが押し寄せる。そして、今この庭園にいるのは二人きり。他に人が来る気配はない。
(わたくしは一体、何を期待しているの……。ジークがあまりにも真剣な目で言うものだから、ついヒロインの気持ちになってしまったのだわ)
感傷に浸るイザベルを一瞥したルーウェンは、後ろ手を組んで、夜の薔薇園を歩き出す。導かれるようにして、イザベルも彼の後ろに続く。
「白薔薇の区画は、清廉な佇まいで美しいですね。白い魔女のおとぎ話を思い出します」
「……白い魔女……ですか?」
初めて聞く単語に、ふと足を止める。
記憶をたどるが、ピンとこない。果たして、そんな魔女が出てくる絵本があっただろうか。
「おや。イザベル嬢はご存じない? 昔の言い伝えに魔女の逸話があるんですよ」
「……知りませんでした」
「よろしければ、少しお話ししましょうか」
「ええ。興味があります」
イザベルが頷くと、ルーウェンは優しく語り出す。



