悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される

 レオンとともに広場に戻ると、近くに集まって談笑していた人たちは、すぐに身を翻した。示し合わせたわけではないだろうに、彼らの動きは息が揃っていた。

「見事に人が左右に分かれましたね。避けられたのでしょうか」
「言うな。気にしないようにしているのに……」
「大丈夫ですわ。少なくとも、わたくしは味方です」

 胸を叩いて自分の存在をアピールするが、レオンは訝しげに見てくる。
 彼の警戒を解くために、イザベルはできるだけ優しく語りかけた。

「みなさんがレオン王子を避けるのは、ちゃんと話したことがないからです。すぐには無理かもしれませんが、少しずつ会話を重ねていけば、きっと誤解は解けますよ」

 その人の本質は、外見だけではわからない。実際に何度か話してみることで、やっと誤解が解けることもある。

(本当は、このセリフはヒロインのものなんだけど……)

 第二王子を攻略する相手が不在の今、イザベルが代役となっても支障はないだろう。

「そうそう。言い忘れていました。レオン王子、お誕生日おめでとうございます」
「……ありがとな。お前にはいつも感謝してる」

 いつもの気難しい顔から無駄な力みは抜け、花がほころんだような笑みを向けられる。気のせいか、ブルーアイズもきらきらと輝きを放っている。
 イザベルは呆然とし、つかの間、見つめあう。レオンが照れくさそうに顔を背けた。

(ツンデレ王子が……いえ、黄薔薇の王子が感謝したわ!)

 好感度が半分を超えていないと、まずお目にかかれないデレの部分だ。
 貴重なシーンを見ることができて感慨深く思っていると、遠目に見ていたらしい令嬢たちが、おずおずとレオンの元に歩み寄った。
 彼女たちはドレスを両手でつまみ、しとやかに膝を折る。

「殿下。このたびはお誕生日おめでとうございます」
「十六歳おめでとうございます。本日はお祝いの席へお招きいただき、ありがとうございます」
「……お祝いの言葉、うれしく思う。どうか今日は楽しんでいってくれ」

 少々ぎこちないものの、口角は上がり、なんとか笑顔を作れている。不器用ながらも頑張っている様子が伝わったのか、令嬢たちの顔には安堵の表情があった。

(不機嫌そうに見える相手との会話は、いつ怒られるかってビクついてしまうのよね。それが王族なら、なおさら)

 レオンに足りないのは愛想だ。
 社交性を身につけることは一朝一夕では難しいだろうが、先ほどのような自然な笑顔を見せれば、印象はグッと変わる。
 彼を遠巻きに見るだけだった人たちの興味を引き、会話をする機会も自然と増えるはず。そうすれば、レオンが孤独と戦う必要もなくなる。
 一言二言交わし、令嬢たちは去っていった。名残惜しそうにその方角を見つめていたレオンは独り言のように言う。

「対応はあれでよかったか……?」
「ええ、ええ。ご立派になられましたね、レオン王子」

 我が子の成長を見守る親のような心境で、つい涙ぐんでしまう。レオンは眉をひそめ、胡乱げな瞳を向けた。

「……お前は俺の乳母じゃないだろう。大げさな」
「何をおっしゃいます。今まではひと睨みで令嬢を怯えさせ、口を開けば泣かせる始末……。それが和やかに会話を成立できたなんて、乳母じゃなくても感動しますよ」

 このぶんだと、一匹狼が群れに溶け込む日も近いだろう。

(社交性を身につけたら、今度は令嬢たちの猛アピールが始まりそうだけど……これは言わない方がいいでしょうね)

 結婚相手として、第二王子は優良物件だ。整った眉にすっと通った鼻筋、美しい形の唇、そして、シャープな輪郭。絵画から出てきたような金髪碧眼の美貌は、嫉妬を通り越して、鑑賞対象として愛でていたいほど。
 ぶっきらぼうな物言いだが、他者を思いやる優しさもある。生涯の伴侶として魅力的に映っても不思議ではない。

(……なんて思ってるそばから、熱い視線がちらほらと……)

 狙いを定めたような眼差しは、レオンへ注がれる。
 扇で口元を隠した淑女たちの視線が、あちこちのテーブルの上で交差する。誰が次に挨拶をするのか、水面下で争っているのだ。
 殺気立っている雰囲気に気づいていないのか、レオンは雲ひとつない青空を見上げた。

「今日は快晴だな」

 これから女たちの戦いの矛先が自分に向くなど、つゆほども想像していない言葉に、イザベルは曖昧に頷いた。