私は秘密の手紙を胸に、講堂近くの東屋に来ていました。
 今は授業中のため、生徒はおろか教師の姿もいません。東屋には先客がいました。

「ジークフリート様! すみません、遅くなりました」
「ああ、フローリア。わざわざすまないな」
「いえ……」

 視線で座るように促され、失礼します、と断ってから腰を下ろします。
 ジークフリート様は敬愛するイザベル様の婚約者の方です。イザベル様の未来の夫なだけあって、不慣れな学園生活で困っている私にも声をかけてくれ、よく助けてくださいます。

(こんなところでしかできない相談とは、一体何でしょう……?)

 私の緊張が伝わったのか、ジークフリート様がそっと目を伏せました。
 その仕草だけでも神々の絵画のような神々しさがあり、なんだか息が詰まりそうです。

「あの……それでお話……というのは?」

 勇気を出して尋ねると、ああ、という声が返ってきます。

「イザベルのことだ。彼女は……どうやらクラウドが気になっているようなんだ」
「え……? クラウドですか?」
「クラウドといるときの彼女は、婚約者の僕といるときよりも楽しそうだ。君はクラウドと幼なじみだと聞いた。だからこの状況を打破するためにどうすればいいか、知恵を借りたい」

 寝耳に水とは、こういうことをいうのでしょうか。

(ジークフリート様でも悩むことがあるのですね……)

 彼は紳士です。公爵令息としてふさわしい威厳を持つ一方で、成り上がり男爵の娘を手助けする優しさも持ち合わせています。
 かつて、彼に恋に似た感情を抱いた時期もありました。でもそれも過去の話です。
 彼が恋する対象は、この先もイザベル様だけなのですから。
 そう、白薔薇の花束をもらったときも、真っ先にイザベル様に駆け寄った姿を見て、私は悟ったのです。

 私では勝てない、と。

 最初から私が入り込む隙はありませんでした。今もこうして婚約者のことで心配になって、私に探りを入れるほどの思いを抱えているのですから。

(しかし、イザベル様がクラウドのことを……? もしそれが本当だとしても、クラウドがその気持ちに応えるとは考えにくいし)

 どう言えば、伝わるでしょうか。
 ジークフリート様はジッと私を見つめています。期待に満ちた視線が痛いです。

「クラウドは本好きです。イザベル様も読書をなさるのではありませんか?」
「……そういえば、クラウドからよく本を借りていると聞いたことがあったな」
「では、仲良く見えたのはそのせいではないでしょうか。お互い本が好きなら、その感想を言い合うことも多いはずです。それに、きっとクラウドはイザベル様に恋心は抱かないと思います」

 私が思ったことを言うと、ジークフリート様はそうか、とつぶやきました。

「……わざわざ呼び出してすまなかった。アドバイスも感謝する」
「いえ、お役に立てたのならよかったです」

 それからとりとめのない話をして別れました。
 まさか、この秘密の相談会を誰かに見られていたとは露ほどにも思いませんでした。