慌ててダウンコートを羽織り、バッグを手に消灯や戸締まりを再確認して裏口から出る。上と下、二カ所の鍵穴にしっかり鍵を差し込んで。

お隣りのクリーニング店との境の、狭い通路を抜けて通りに出れば。ハザードを点滅させた国産じゃない高級そうな黒いスポーツタイプが一台、店の前に横付けされていた。どうやらクリニックの番号に転送かなにかして、自分のスマホでかけてきたらしい。

わたしが恐る恐る近寄っていくと、右ハンドルの運転席から降りてきた三つ揃い姿の男性。目の前に立った先生を見上げてしばし呆然。

スクラブを脱ぐと有名企業のエリートサラリーマンかと見まごう。マスクを外した素の顔をまじまじと見るのもこれが初めてだったし。

「・・・ごめん。そんなに見られると恥ずかしいんだけど」

照れたように髪に手をやる先生。
スーツに見合う清潔感のあるスタイリングも、いつもより余所(よそ)行きなのかな。

「あっ、すみません・・・! その、まさかスーツを着られてるとは思ってなかったので・・・」

見とれてました、とも言えないで。半笑いで誤魔化す。

「今日は医師会の集まりがあって、あ、それより早く乗って?寒いでしょ」

助手席側のドアをわざわざ開いてもらい、恐縮しながら乗り込む。・・・開け方も閉め方も手慣れてるし。隣りに乗り込んできた先生が、シートベルトに手を伸ばす仕草を横目でちらり。誘い方だって。まったく卒がなかったし。

駅まで送るって言ったのに。車は国道に出て全く違う方面に向かっていた。

道が違いますよ。そんなことを口に出すくらいだったら電話の時点でとうに断っている。ああ、まただ。ユウスケと同じ。

とっくに誰かのものを引き寄せる。自分じゃそういうつもりなんて欠片だってないのに。どうしてなんだろう。

どうして。そういう男だと分かってて、わたしは惹かれるんだろう。