何やかんや勢いで始まった、俺と遠の同居生活はとても豊かで教養的な時間で充実していた。
真面目な遠は学校が終わり次第寄り道などすることなくすぐに家に帰ってくる、そして一通り宿題と自己学習を済ませると1番奥にある俺の部屋をノックした。

ノックが聞こえるのを心待ちにしていながら、「どうぞ」と短い返事をし遠を招き入れる
1番奥にある部屋は6畳ほどの小さな部屋だが日当たりが良く、風通りも良い。
夏は少し熱く感じるがそれ以外の季節は快適で趣深い場所が俺の自室兼作業部屋になっている。
仕事がある時は一日中その部屋に籠りっぱなしになることが多いが遠も一緒だ。
遠は何をするわけでも無くこの部屋に一緒に居る、特に会話をする訳でもなく、俺に構うことなく、遠の視線を背中に感じながら降ってする音を鍵盤で、身体で、受け止めていた。
普段はPCと電子ピアノを使いながら制作をするが、時々ロールピアノを取り出して作曲することもあった。
遠はロールピアノがどうも気に入っているらしい。
どこか愁いを含んだような、それ自体が不思議な楽器から奏でられるピアノの音が好きなんだという。
「宇宙の音」
俺はピアノの音をそう表現する。

「俺は音楽を作ってるんじゃない、宇宙から降る音を此処に並べてるだけなんだ」と、格好を付けて言ったこともある。
我ながら恥ずかしいが遠はキラキラとした瞳で俺の話を聞いた。
ロールピアノの鍵盤を撫で、遠に向き直ると真っ直ぐ見つめていた大きな瞳が細く三日月形に細められ、整った顔をクシャッと歪ませて微笑んだ。
何も幼い頃から変わらない、堪らず遠を抱きしめた。
その行為に少し驚いたような遠だったが、情けないほど細くか弱そうな俺の胸板に身を任せてきた。
自分の心音が体内を通して身体中に響いて聴こえる、規則正しく、そして弱々しく。
遠は昔から俺の胸の中で眠るのが好きだった、薄らと金木犀の淡い香りがするのだと言う。
その優しい香りがとても好きなのだと、半分眠りに落ちながら伝えてくる。
暫く抱きしめたまま背中をリズム良く叩いていると、そのまま眠りについてしまった。
少し体勢を変え、またロールピアノを叩く。
寝顔は赤子の時から変わらない、ずっと変わらないのだ。

「あと少し、あと少しだけ…どうか…」

神様、俺に…俺たちに時間を下さい。