「見てて」

興味を示した遠の前に、俺は徐ろに巻物のような物を取り出し胡座をかいて目の前に広げた。
薄くて長い鍵盤、ロールピアノ。宝物であり、相棒でもある。

「何これ?ピアノ?」

遠がそっとそれに手を触れるとポンと軽い音が鳴る。
ポロポロと適当に音を鳴らして楽しむ遠、滅茶苦茶な音程だがまるで金平糖の踊りのように愛らしい。

「そう、魔法みたいでしょ?」

俺の頬は綻び、伸ばした手で遠の頭を撫でた。
遠の細く柔らかい黄金色の髪の美しさには産まれ持ったもの、色素が薄く天使のように愛おしい。この感情を表すのにはその言葉が相応しかった。

「此処に降ってきた音を落として曲を作るんだよ」

弟の息子である遠は俺が23歳の時に産まれた。
それはそれは幼少期の弟にそっくりで弟を溺愛していた俺が彼を異常なまでに可愛がるのは至極当たり前のことであった。
毎日のように家を訪れ遠の成長を見守り、歩けるようになってからは毎週のように外に連れ出して、色んな場所に連れていく。幸せで幸せで堪らなかった。
弟夫婦に二人の時間を与えたいというのはただの建前、本音はこの愛おしすぎる幼子と一緒にいたいだけであった。
12歳になり中学に上がっても遠への愛情は変わらずそれまでよりも増しているように思う。
嬉しいことに遠は中学受験を受け、無事に合格。
今まで自宅から通っていたが距離的に不可能になった為に一緒に住む事に決めた。
寮も完備されている学校だったが遠は頑なにそれを拒否、一人暮らしを要求した。
しかしそれを両親が拒否、中学に上がったばかりの子供を一人暮らしさせるなど無謀だと思ったらしい。
そこで手を差し伸べたのが俺。丁度引っ越したいと思っていたのもあり、遠の学校の近くに引越しを決めた。
突然の提案に弟夫婦も驚愕していたが遠の喜ぶ姿を見て同居を快諾した。
結局のところ両親も遠を溺愛している。
全く案山子家の天使は大人を翻弄するらしい。