人間の感情なんて、薄っぺらくて非永続的なものだと思ってたのに。
そんな私の考えを変える人に出会ってしまった。

時は1582年。

貧しい家に生まれたらしい私は、両親に売られて明智家の忍びに育てられた。
日々生きるか死ぬかの特訓をさせられ、命懸けの修行を詰んだ。

そして元服をむかえてから6年が経った今、私は一人前の忍びとなった。

(安土城へと潜り、情報をこちらへ流すのだ)
「かしこまりました」

私は結桜《ゆら》という名を名乗り、信長の城へと潜り込んだ。
着任早々、この城の散策を始めた。
地下へ行くと、そこには古びた蔵があった。
私が見たこともない武器や丸い地図、本がたくさんあった。

「あれが、火縄銃……」
『誰だ』

振り返ると、短刀を持ち私に構える侍がいた。
キリッとした瞳、整った顔立ち、 先に目を通した資料の特徴から見てこの男は信長の部下、

「赤井殿…」
『そなたはここで何を』
「私は女中の結桜にございます。まだここへ来て2日なのですが、掃除道具を探しておりまして、」
『そうか、疑ってすまなかった。こっちだ』

私を怪しむことも無く、短刀をしまい蔵を離れる。

『あの蔵には上様の収集品が飾ってある。 女中とは言えど、勘違いされたら討ち首だってありうることだ。気をつけた方がいい』
「ありがとうございます」
『ここが掃除用具入れだ。必要なものは全てここに入っているだろう』
「すみません、侍殿が女中になど付き合わせてしまって」
『気にしないでくれ。身分は違えど素敵な女性であることに変わりはない。それでは』

私は、彼に会って初めて女性と認識された。
今までは獣として、雌として育てられたも同然の私にあの方は優しくしてくれた。
なんだか、心がむず痒くなり、あの方と接するのが怖くなった。