「優、すごいねぇ〜。また難しくなってる。
ねぇ、さっきのとこ、もう一回聴かせて?
手が見えなかったよ〜。」

「…ここ?」

「そう! うわっ、早い! あ〜私も弾いてみたい! この曲好き〜。」

「やってみる? 多分ここさえ弾けたら、この曲美衣子も弾けるよ。」

「やりたい! あ、でも……紫おば様に出された課題曲もあるんだよね。ミイちゃんにはまだ早い!って怒られちゃうかな…。ここで教えてもらうと、練習してるの聴こえちゃうもんね。」

確かに、坂上ピアノスクールの中では、やってる事が母に筒抜けだ。

「あー。…じゃあそっちを先に片付けるか。楽譜出しなよ。練習見てやるから。」

「ホント⁉︎ ありがとう〜。」

「…学校でさ、やってみる? さっきの。」

「音楽室? フフフ、またこっそり入っちゃう?」

「多目的室のピアノ、使っていいって言われてるんだ。母さんが学校でも練習出来るように掛け合ってさ。朝とか昼休みとか。」

「さすが紫おば様! 優、学園の期待の星だもんねー。」

そんな大層なものじゃないけど。
……けど、多目的室なら音楽室と違って音が漏れる。俺の狙いはそこ。2人でピアノの練習をしてるところを、他の男子に見せつけたい。ただそれだけだ。

「じゃあ、明日! お昼休みに多目的室に行こ?」

「……うん。わかった。じゃあ今は課題曲な?」

「はーい。優先生、お願いしまーす!」

2人っきりで練習してたら、美衣子の髪の匂いまでわかる。甘いバニラアイスみたいな匂い。これ、嗅いでいいのは俺だけだ。
かなり邪な考えだけど、男子中学生の考えることなんて、そんなものじゃないだろうか。中学部の多目的室は、俺と美衣子の公然の遊び場になった。いつも一緒にいる俺達の間に割って入るような奴は、さすがに現れなかった。