自転車置き場にやってきた透くんは、いつもより少しだけ、元気がないように感じた。きっと、昨日、わたしがあんなふうに泣いたからだろう。自惚れなんて一人で幸せになれるようなものではなくて、透くんはそういう人だ。純粋だから、泣いている人がいたら、それがわたしでなくても、こうして元気をなくしてしまうだろう。

 「お疲れ」と声をかけると、彼は「紫乃ちゃん」と、明るく笑った顔を上げた。

 元気?なんて、訊く方は簡単だけれど、答える方はとても難しい。だからわたしは、なにも言わなかった。

 代わりに、「帰ろうか」と言って、自転車のスタンドを上げた。

 「そういえば今日は、雨、降ってないね」そう言って、わたしは自転車置き場の外を見た。朝も、快晴、と言えるほどではなかったけれど、厚い雲の間に、ちらちらと青が見えるような空だった。

 「そうだね」と、透くんは言う。

 「今日ね、わたし、すっごく気分がいいの。最高にハッピー」

 授業中、シャーペンの芯は折れるし、消しゴムはペンケースの中で見つからなくなるし、その度に泣きそうな気分になったけれど。それでも今は、最高に気分がいい。もちろん、用心棒なんて言葉を使われたのは悲しい。けれど、そんな言葉を忘れてしまうような関係を築けばいい。忘れられなければ、笑い話にできるような関係を築けばいい。だって透くんは、わたしにとっては用心棒なんかじゃなくって、大好きな人なんだもの。