「あっ、えっと……あのさっ」

 突然声を上げたかと思うと、透くんはまっすぐにわたしを見つめてきた。ああ、あんなもっさりした子がこんなに綺麗になるなんて、会わない間になにがあったんだろう……。

 「紫乃ちゃん……」

 透くんは、まるで熟したトマトをくっつけているみたいに、ほっぺたを赤くして、うつむいて、自転車のハンドルをぎゅっと握った。

 「ん?」

 「紫乃ちゃんは……好きな人、いるの?」

 「えっ」

 どうして……なんて、たぶん、訊くべきではないんだろうな。

 「いないよ?」

 「じゃあ、付き合ってる人は……?」

 「いないよ」

 まだ中学生だし、と言ってから、わたしと同い年でも付き合ってる人なんて結構いるのかなと思えて、それと同時に、まだ中学生だし、が余計だったようにも、いないよ、の言い方を間違えたようにも思えた。

途端に顔が熱くなってくる。間違えた、この数十秒をやり直したい。

 透くんはなにやら、「ああ……」だか「うう……」だか声を漏らして、涙目になっている。

 「憐れまないでよ!」と即座に返す。

 「違う、そうじゃなくて……」

 「どうせあれでしょう、『うわあ、こいつ中学生にもなってまだ恋人もいねえのかよ、だっせえ、プププーッ』とか思ったんでしょ。『ウケる、つかまじかわいそうな女……ププッ』とか」

 「そんなことないよ、ただ……」

 「ただ?」

 透くんは深くうつむいて目元を腕でごしごしとこすって、顔を上げた。

 「ただ、嬉しくてさ」と、あまりに輝かしい笑みを見せる。こんなキラッキラ百パーセントの笑顔、誰のであっても、わたしは過去に見たことがあっただろうか。

 「久々に声かけてきたと思ったら、なんて失礼な」

 美少年だからって許されないこともあるんだから。

 「紫乃ちゃん、好きな人も恋人もいないんだよね」

 「だからなにっ。今に見てなさい、絶対にいい人――」見つけてやるんだから、とわたしが言い終えるよりも先に、透くんは、「じゃあ、おれと一緒にいてよ」と、満面の笑みで言った。そう、キラッキラ百パーセントの笑顔で。

 「はあ? かわいそうな女の子に手を差し伸べてるつもり?」

 「違うよ、ただの用心棒」

 「は?」

 「用心棒として、一緒にいてほしいんだ」

 「はあ? ばっかじゃないの、嫌に決まってるでしょ⁉ 殺すよ?」

 「なにもしてくれなくていい。気遣いなんていらない。ただ、一緒にいてくれれば……」それだけで、と小さな声を震わせて、透くんはうつむいた。

 え、なんでそっちがかわいそうな感じになってるの? この場面でかわいそうなの、悲しむべきなのはどう考えたってわたしだよね……? ある日突然幼なじみの用心棒を頼まれるなんて。しかもそれを堂々とはっきりと伝えられて、なんて。うん、絶対にわたしの方がかわいそうだと思う。

 「なんで用心棒なんか必要なわけ?」

 「だって、変な人が寄ってきたりしたら、嫌だから……。もちろん、好きな人ができたりしたら、すぐに……。だから……」

 「はあ? なんっでそう失礼かな。好きな人ができるまでずっと続くってことでしょう?」

 透くんはうつむいて、こくんと小さくうなずく。なんなんだ、この見事なまでのクズは。椎名さんを呼べば、シャトルの銃弾をこいつの胸にぶち込んでくれるだろうか。わざわざ駆けつけてもらったんだ、そのときには一発と言わず、すっきりするまで撃ち込んでくれていい。

 「おれは紫乃ちゃんが好きで……。大好きで。だから……」

 「用心棒として一緒にいよう、と? ばかじゃないの、じゃあ普通に告白してくれればいいじゃん!」

 「でもそれじゃ、紫乃ちゃん、嫌かなって……」

 「用心棒とか言われる方がよっぽど嫌だよ」

 「ごめん……」

 透くんはうつむき加減に、唇をきゅっと噛んだ。

 完璧な笑顔を見せつけてきたかと思えば、今にも泣きそうな様子で唇を噛む。

 もやもや、むくむく。ああ、なんでわたしがこんな罪悪感みたいなのを感じなきゃいけないんだろう。

 わたしは胸に広がるもやもやを、深く吸い込んだ空気と一緒に吐き出した。

 「わかったよ。一緒にいればいいんでしょ? いいよ、一緒にいてあげる。ただし、本当になにもしないからね。特別に人が寄ってこないようなこととか、一切しない」

 「もちろんそれでいいよ。その辺は、おれがやるから」

 にこっと笑う透くんに、わたしはこめかみの辺りでメキッと音が聞こえたような気がした。バキバキと音を立てて、怒りマークが浮かんできそうな気持ち。なんだ、その辺はおれがやるからって。だったら用心棒なんか必要ないんじゃないの?

こいつは女子をなんだと思っているんだ。物としか思ってないわけ? 女の子という邪気を寄せ付けないために、女の子というお守りを持っておくって? 最低だ。もしもこれ以上の不快感を与えてきたときには、わたしはその瞬間にこいつの元を離れよう。