自転車置き場に、紫乃ちゃんはいなかった。女の子はたくさんいるけれど、その誰もが紫乃ちゃんではなかった。それを認めた途端、心臓がどくんどくんと騒ぎ出した。

 「おお、森山。お前まだいたのか」

 間瀬くんの声がして振り返ると、「だからその顔やめろよ」と、彼はしかめっ面を作った。

 「どうしよう、紫乃ちゃんがいない」

 「ん? え、別にあれじゃねえの、普通に、トイレ行ってるとか、予定があるから先帰ってるとか。あとはまあ、部活が長引いてるとか」

 「いや、紫乃ちゃんは今、部活ない」

 「え、なにそれ。まじ羨ましいじゃん」

 「男子バスケ部が試合やるとかで、しばらく休みなんだって」

 「へえ? え、じゃあやっぱ、普通に先帰ったんじゃね?」

 なにをそんなに慌ててるんだ、とでも言いたげに、間瀬くんは言葉を並べた。「んー」とうなって、頭を掻く。

 「まあいいや。じゃあ、お前は先帰れよ。しゃあねえ、おれがしばらくここにいる。もしアイオがきたら、お前のこと追わせるよ」

 「えっ、でも――」

 「『でも』じゃねえって言ったろ。せっかく二人いるんだ、これが一番いいだろ。それに、お前がそんなに気にするんだ、本当になんかあんのかもしんねえじゃん」

 「……大丈夫?」

 「安心しろ、おれはお前の思うほどいいやつじゃない。この雨の中ずーっと、話したこともない一人の女待ってたりしねえっつの」

 「間瀬くん……」

 「だからその顔やめろよ。ここは喜ぶところなんだ、笑っとけ」

 おれは滲む視界を振り払って、思い切り笑った。

 「ありがとう」と言って自転車のスタンドを上げると、「おう、急げ急げ」と言う間瀬くんの声を背中に聞いて、自転車置き場の中を走り出した。途中、柱にペダルの横をぶつけたけれど、問題はない。