「紫乃ちゃん」と、男の子の声が聞こえた。誰だろうと考えながら振り返るよりも先に、その声は、「紫乃ちゃん」と繰り返した。

 振り返った先にいたのは、綺麗なまっすぐな黒髪を自然に下ろした男の子だった。学ランを着ていて、自転車に乗っている。とても、綺麗な顔立ちの男の子。まるで、綺麗なイラストを見ているような、美しいお人形を見ているような、そんな気持ちになるほど、綺麗な男の子。瞼はくっきりと二重で、日本人じゃないくらい――とまで言うとさすがに大げさだけれど――形の整った鼻と、程よくふくらんで、薄紅に色づいた唇。

 「えっ、誰?」

 「おれだよ、トール」

 「トール?」

 やっぱり日本人じゃないのかな、なんて考えたけれど、トールなんて人はわたしの知り合いにはいない。

 人違いじゃないですか――とわたしが言い終えるより先に、「モリヤマトオルだよ」と彼は続けた。

 「モリ、森山……? トオル、森山……透?」そこまで言って、はっとした。その人なら知っている。けれど、この人が……。「森山透くん⁉」

 「そうだよ、森山透」

 「えっ、あの、幼稚園のとき同じだった、あの透くん?」

 「そうそう」

 「えっえっ、じゃあ、あの、二回に一回、けん玉の大技を決める、『半分の天才』の透くん?」

 へへ、と彼は恥ずかしそうに笑う。「そうだよ。絶対に一回置きにしか成功しないんだよね」

 「えええ……」

 あのころの透くんって、こんな感じだったっけ。もっとぼんやり、もっともっさりした感じじゃなかったっけ。

 「透くん、変わったね」

 言ってみると、透くんはぽっと顔を赤らめて、わたしから目を逸らした。

 まるで綺麗な絵のような目の前の幼なじみに目を奪われている間にも、当然のように時間は過ぎていて、後ろから、歩行者信号が青に変わった合図が聞こえた。