「いった!」と聞き慣れた声が聞こえて、昇降口の方を振り返ると、透くんが男の子と一緒にいた。教室を覗きにきた人だ。あのときはへらへらした印象だったけれど、今は頼れるお兄さん、といった雰囲気がある。教室を覗いていたときのようにへらへらしていると苦手なタイプだけれど、まじめな顔をしていればそれなりに好印象。あんな顔もするんだ、と、つい見つめてしまった。

 そこから視線を移すと、透くんの華やかさに驚いた。透くんって、あんな感じだったっけ。もう少し、平凡な感じじゃなかったっけ。ああ、自分の気持ちを認めた途端にこれだ。早くきてくれないかな、なんて、強く思ってしまったり。

 透くんは、覗きの男子に小さく手を振って、こちらに走ってきた。

 「ああ、紫乃ちゃん」と、いつもと変わらない様子で、わたしの名前を呼ぶ。

 「ごめんね、待った?」

 「すっごい待った。ありえないんだけど」

 本当は、口で言うほど怒ってなんかいない。すごく待ったのは本当だけれど。いつもそうだ。言葉や口調では、拒絶するような、否定するようなことばかりだけれど、本当はそんなに嫌なことは考えていないし、思ってもいない。

 けれど透くんは、「ごめんね」と笑う。わたしの、そういう嫌なところを全部受け入れてしまうような温かさを感じさせて。

 「本当。いくらなんでもこんなに女の子待たせるとかありえないんですけど」

 いくら、用心棒だって。

 「あのね」と、透くんは、少し言い出しにくそうに言う。胸の深い奥が、ざわざわと、むずむずとうずく。嫌だと、続きなんて聞きたくないと、どきどきしながら叫んでいる。

 「おれ……ちょっとわがまま言っていいかな」

 嫌だ。わがままなら、最初から言ってるじゃん。いきなり一緒にいてくれなんて言い出したかと思えば、用心棒としてだなんて言うし。そのくせ、好きなんて、一緒にいられる時間が増えて嬉しいなんて、いたずらなことを言った。それ以上のわがままなんて、聞きたくない。

 「今日は、おれの本屋さんに付き合ってくれないかな。予定、あったりする?」

 「……は?」

 拍子抜け、とは、こういうことだろうか。

 「いや、その……予定あったら全然いいんだけど……」

 言いながら、透くんは一人、頬を赤くしている。その姿を見て、わたしは思わず笑ってしまった。お風呂上がりみたい。

 「もう、そんなこと? しょうがないなあ、付き合ってあげないこともないよ」

 わたしが言うと、透くんは一気に表情を明るくした。

 「えっ、本当?」

 「別にいいよ。予定とかないし」

 お財布取りに行こう、と言って、スタンドのロックを解除すると、透くんは、「今日、持ってきたんだ」と、またほんのり頬を染める。

 「え?」

 「お金、持ってきた」

 「へええ」

 ひょこっと芽生えたいたずら心のまま、「悪い人だねえ」と笑うと、「内緒だよ⁉ 内緒だよ⁉」と、透くんは自分の唇の前に人差し指を立てて、必死に声を抑えた。

 「わかったわかった」と笑い返して、「じゃあ早く行こう」と、自転車のスタンドを上げた。