久しぶりに、放課後、雨が止んだ。厚い厚い雲の向こうに、太陽はあるのだろうけれど、ここまで光が届くことはなく、濡れたアスファルトに影は映らない。

 歩行者用の信号は、わたしが加速しようとしたときに点滅し始めて、諦めて次の青で横断しようと、ブレーキを握った。

 自転車の荷台にはスクールバッグ、自分の背中にはバドミントンのラケットケース。

 部活では、部員の中でとても――一番と言ってもいいくらい――強い椎名さんと、シングルスで戦った。普段はとてものんびりしていて、炭酸がほとんど抜けているサイダーのような人なのだけれど、試合となると打って変わって、まるで流星――なんて綺麗なものよりも、印象としては銃弾――のような勢いでシャトルを飛ばしてくる。本当に、体に当たれば危険なんじゃないかと思う勢いで。

そんな椎名さんと、今日、わたしは初めて、一対一、シングルスで戦った。

本当なら、二十一点を先に取った方が勝ちで、それを三回やって、そのうち二回勝った方が勝ち、というルールなのだけれど、自分も相手も二十点、となってしまったら、それから先に二点を取った方が勝ちとなる。たとえば、二十点と二十二点、とか、二十一点と二十三点、といった感じで。

それでも、一方が一点取って、もう一方も一点取って――となってしまったら、最終的に、三十点を先に取った方が勝ちとなる。だから、どれだけ続いても、一回のゲームは二十九点と三十点で勝敗が決まる。今回はさすがに、そこまで長い戦いにはならなかったのだけれど、二十四点と二十六点になるまで続いたゲームがあった。

自分でも、椎名さんにそこまでしがみついていけるとは思っていなくてすごく驚いたのだけれど、それと同時に、すごく嬉しくもあった。結局、二ゲーム目に一度勝っただけで試合には負けてしまったのだけれど、こんなにも清々しい負けというのは初めてだった。椎名さんと戦えるだけで、この上なく幸せだった。

 悲劇は、試合終了の直後に起こった。「秋穂ちゃんさあ」と、普段の調子で気の抜けた声をかけられて、「もっと場所を狙ったほうがいいよ」と、それもまた気の抜けた感じで言われた。そしてまた同じように、「秋穂ちゃんって、コントロール、ガン無視じゃん?」とも。

そこまでは笑っていられた。実際に、「ええ、本当?」なんて笑い返した。「そんなにひどい?」なんて。椎名さんもまた笑っていて、「おかげですっごい返しやすいときあるもん」と言っていた。

 「だからさ」という椎名さんの声が、悲劇の始まりの合図だった。

 「秋穂ちゃん、球にはすごい力がこめられてるのに、敵から見てすごくいい場所に飛ばしちゃったりしてるから、もっと打ちづらい場所に、意図的に飛ばせるようにしたら、勢いはすごい、飛んでくる場所は打ちづらいで、もっと点が取れるようになると思うんだよね」と。

 「そんなのって、もったいなくない?」と。「もっと点、取りたくない?」と。

 それにうなずきさえしなければ、もしかしたら、悲劇は始まらなかったのかもしれない。けれどわたしはうなずいた。強くなりたかったから。椎名さんみたいなプレイがしたかったから。なんて単純なんだろうと、今になって、横断歩道の前で、自転車にまたがって地面に足をついている今になって、後悔している。

 わたしがうなずけば、椎名さんはにやりと口角を上げて、「じゃあ、あたしが教えてあげる」と、そう言った。もちろん、椎名さんに悪気はなかったと思う。純粋に、わたしにシャトルをコントロールする術を教えたかったんだと思う。

 けれど、それがあまりに残酷な方法だった。

 右へ左へ走らされ、手前に駆け寄らされ、後ろに下がって転びかけ、バランスを持ち直すよりも早く、また左に走らされた。

 「コントロールする練習だよね?」と、わたしはとんでもない方向へ飛んでいくシャトルを追いかけ、打ち返しながら尋ねた。息も絶え絶えに。

 すると、椎名さんは当然のことのように一言。「だって、こんな球を思い通りに返せたら、完璧っしょ?」。

 確かにそうかもしれない。ある時にはふにゃふにゃと、ある時には銃弾のごとく、僅かに触れた髪の毛を切り散らさん勢いで飛んでくるシャトルを、自分の思いのままに打ち返せたら、シングルスであってもダブルスであっても、はたまた、わたしと椎名さんの試合後、椎名さんとペアを組んでいる野田さんが、先輩二人と始めた二対一の戦いであっても、負けることはないだろう。

 でもね、椎名さん――。

 わたしにはまだ早かったと思うの、あの練習は。

 腕も脚も重くて痛くて仕方ないよ……。