紫乃ちゃんは、シャープペンシルの芯とおれの薦めた本が入った袋を手に、おれは紫乃ちゃんの薦めてくれた短編集の名前を頭に、お店を出た。

 お店の外は、自転車を漕いでいるときよりも強く雨が降っていた。短編集の中に、雨が印象的な話があるらしい。

 全体的な話としては、小さなお花屋さんを営んでいる優しいおばさんが、お客さんに合った花を用意しながら、お客さんが抱える悩み事の解決の種をくれる、というものらしい。

 紫乃ちゃんの言う雨の話って、どんな話なんだろう。十五編入っているうち、十二番目の話らしい。

 おれは、しくしくと泣き続ける空を仰いだ。

 もっと、雨が好きになれるような話だといいな――。


 駐輪スペースに戻ると、短い屋根の下、紫乃ちゃんはぼんやりと自転車を見つめた。おれもまた同じようにしていて、ようやく「少し」と声を発したと同時に、紫乃ちゃんは「帰ろうか」と、かごからレインコートを取り出した。


 ぴちゃぴちゃと水を弾いていた自転車の車輪が、キッと高く鳴いて動きを止めた。雨が、レインコートをぱらぱらと叩く。

 「雨って、やっぱりいいね」

 「ええ、そう? わたしは嫌い。じめじめするし、制服、濡れると変なにおいするし」

 「そっか……」

 「雨が好きだなんて、変わってるね」

 「そうかな。なんか、落ち着かない? 音とか、においとか」

 「ええ……? 気分が落ち込むだけだよ……。ああでも、恋人ができたりしたら、軒先で雨宿りー、とか、そういうのはいいかも」

 「雨宿り……」

 駐輪スペースでもっと早くに声を出せていれば、と思うと同時に、“用心棒”という呪文が頭をよぎった。ふとした瞬間に忘れてしまうけれど、紫乃ちゃんとは、守る人と守られる人の関係なんだ。おれの、ほんのささいな強がりのせいで。紫乃ちゃんは、そんな関係の人との雨宿りをいいと思っているわけではない。

 だけどもし、もしも、おれが今からでも勇気を出したなら、そしてそれを、紫乃ちゃんが受け入れてくれたなら、雨宿りも……していいのかな。

 「ねえ、紫乃ちゃん」

 言った直後、横断歩道の先の信号が青に変わった。同時に、気の抜けた音がそれを知らせる。

 隣で、おれの声を知らない自転車の車輪が動き出して、おれもそれに続くようにペダルを踏みこんだ。