じゃあ、おれと一緒にいてよ。~5年ぶりに会った幼なじみが美少年になってました~

 「紫乃ちゃんは、これからもずっと一緒に帰ってくれるの?」

 校門の前の道を、何台かの車が横切っていくのを見送りながら、言ってみた。タイヤが地面を転がるたびに、薄く、膜のように溜まっている水が弾ける。

 この前に横断歩道はないから、当然、車は止まってくれない。横断歩道は、今向いている方向から右に三十メートルくらい進んだところにあるのだけれど、そのほんの少しの移動を面倒がって、校門のすぐ前であるここから渡ってしまう人もちらほら。そうして先生に叱られた経験がある人もちらほら。おれもその一人だったりする。

 だって、と紫乃ちゃんは呟いた。「だって、用心棒なんでしょ? そんなこと言われたら、一人でなんて帰りづらいじゃん」

 「そっか。ごめん……」

 「別にもう怒ってないよ」

 諦めたもん、と寂し気な声が続いて、紫乃ちゃんの顔を見た。寂しいような、どこか怒っているような、複雑な表情が浮かんでいた。そんな顔で、きゅっと唇を噛む。

 おれがもっと素直になっていたなら、紫乃ちゃんがこんな顔をすることもなかったのだろうか。用心棒として、なんて強がらないで、一番最初に大好きだって伝えて、その上で、一緒にいてほしいって言っていたなら。

 「紫乃ちゃん」

 名前を呼ぶと、紫乃ちゃんはこちらを見てくれた。寂しさと、少しの怒りを混ぜたような顔で。

 そんな顔しないで、なんて。笑って、なんて。あまりに無責任だから。

 おれはなにも言わずに、笑ってみた。

 紫乃ちゃんは、ぷっと噴き出した。
 
 「なに笑ってんの? ふふっ、変なの」

 不思議だ。今まで抱えていた重たい石のようなものが、一気に砕けた気がした。それは、とてもとても小さい粒になって、西の空の厚い雲の先からほんのりと射す太陽の光を受けて、ぱらぱらと宙を踊る細かな雨粒と一緒に、きらきらと輝いて辺りを舞っている。

 紫乃ちゃんが笑ってくれた――それだけのことで、とても幸せな気分になれた。紫乃ちゃんだって人間で、泣くことも笑うことも自然なことなのに、“笑う”ということが、とても貴重で、大切なことに思えた。尊い、なんて言葉は、おれには難しくてうまく使えないけれど、言葉を上手に使える人は、こんなときに、こんなものに、その言葉を飾るのかもしれない。

 「ちょっと、なににやにやしてるの?」

 気持ち悪いんだけど、と言いながら、また一つ、ふふふと笑ってくれた。

 おれはなんて幸せなんだろう。目の前で、大好きな人が自分に向けて笑ってくれている。

 その笑顔が少しずつ滲んできて初めて、人が幸せで泣くことがあるのだと、知った。