ふと、紫乃ちゃんの唇が動いた。
「あいえうお?」
唇の動きを繰り返すと、「は?」と間瀬くんの声が言った。
「なにか言ってる」
「どれどれ?」と間瀬くんが再び覗き込むころには、紫乃ちゃんは席を立っていた。
「あれ、いなくなってる」と間瀬くんののんきな声が言う。
がらりと後ろの扉が開くと、紫乃ちゃんが出てきた。ぎくりとしただけで心の中でも叫べず、ただ心臓がどきどきと騒ぐ。
「なにしてんの?」
「えっ、あっ、いや……」
「誰かに用?」
「いや、ちょっと、あの……」
助けを求めて振り返るも、間瀬くんの姿はなくなっていた。教室に戻ったら絶対に殴る。おもしろい反応がないとしても、絶対に殴る。
「なに?」
「紫乃ちゃん……元気かなって……」
「別に……元気だけど」
「うん……」
「あいつは?」
「あいつ?」
「一緒にきてた男。教室、すごいざわついてたよ。あの人がきた瞬間。なんなんだろうねって」
「ごめん……」
「なんでそっちが謝るの? 関係ないじゃん」
「うん……」
言いながら、本当にそうだろうかと疑問が湧いた。
「あの、おれね」
「うん?」
「本当は、紫乃ちゃんが怒ってる理由、わかってるんだ」
「え?」
「わかってるん……だ。でも……」
おれはわがままだから。紫乃ちゃんには笑っていてほしいし、幸せでいてほしいけれど、それがおれ以外の人のそばでは、少し嫌だったりする。
「でも……」
「でも?」
今の状態が、紫乃ちゃんにとって――。
チャイムが鳴った。昼休みは終わりだと、早く教室へ戻れと、そう言っている。繰り返し、繰り返し、言っている。
一つ、自分にも聞こえないような声で謝って、おれは教室へ向かった。
「あいえうお?」
唇の動きを繰り返すと、「は?」と間瀬くんの声が言った。
「なにか言ってる」
「どれどれ?」と間瀬くんが再び覗き込むころには、紫乃ちゃんは席を立っていた。
「あれ、いなくなってる」と間瀬くんののんきな声が言う。
がらりと後ろの扉が開くと、紫乃ちゃんが出てきた。ぎくりとしただけで心の中でも叫べず、ただ心臓がどきどきと騒ぐ。
「なにしてんの?」
「えっ、あっ、いや……」
「誰かに用?」
「いや、ちょっと、あの……」
助けを求めて振り返るも、間瀬くんの姿はなくなっていた。教室に戻ったら絶対に殴る。おもしろい反応がないとしても、絶対に殴る。
「なに?」
「紫乃ちゃん……元気かなって……」
「別に……元気だけど」
「うん……」
「あいつは?」
「あいつ?」
「一緒にきてた男。教室、すごいざわついてたよ。あの人がきた瞬間。なんなんだろうねって」
「ごめん……」
「なんでそっちが謝るの? 関係ないじゃん」
「うん……」
言いながら、本当にそうだろうかと疑問が湧いた。
「あの、おれね」
「うん?」
「本当は、紫乃ちゃんが怒ってる理由、わかってるんだ」
「え?」
「わかってるん……だ。でも……」
おれはわがままだから。紫乃ちゃんには笑っていてほしいし、幸せでいてほしいけれど、それがおれ以外の人のそばでは、少し嫌だったりする。
「でも……」
「でも?」
今の状態が、紫乃ちゃんにとって――。
チャイムが鳴った。昼休みは終わりだと、早く教室へ戻れと、そう言っている。繰り返し、繰り返し、言っている。
一つ、自分にも聞こえないような声で謝って、おれは教室へ向かった。



