もう戻るよ、戻るよ、と制服を引っ張っていると、間瀬くんが、「おっ」と声を上げた。

 「あいつじゃね? すげえこっち見てる」

 「だから誰だって見るよっつーの」

 「いいや、おれはあいつと見たね。あの髪を顎の辺りで揃えた、前髪のない女子だろ?」

 言われて、ぎくりとした。いっそのこと、思い思いにギクゥ‼とでも叫べたならもう少し気持ちも落ち着くのだろうけれど、漫画でもあるまいしそんなこともできない。だから心の中で叫んだ。

 「へええ、結構かわいいじゃん。まあ、おれは、年下じゃないんでお断りだが」

 「勝手に品定めしないでよ」

 「ほう? 本当にあいつなんだな。まあ、悪いやつじゃあなさそうじゃねえか」

 「当たり前でしょ」

 こんなおれと一緒にいてくれるような人なんだから。

 「まあ、おれ今すっげえ睨まれてるけどな」へへへっ、と間瀬くんは楽しそうに笑う。

 「そりゃあ別のクラスの男子が自分の教室の窓に張り付いてたら、誰だって睨むでしょうよ」

 「へええ。まあでも、様子は別に普通だけどな。なんで怒ってんだろ」

 「間瀬くんがへばりついてるからだよ」

 いいから帰るよ、と、おれは全身を使って間瀬くんの制服を引っ張る。

 「ちげえよ」と、間瀬くんはなんでもないように言う。「お前といるときだよ。いっつも不機嫌なんだろ?」

 「ああ、うん……」

 思わず、制服を引く手から力が抜けた。間瀬くんはその隙に制服を整えた。

 「ほら、お前も見ておけ」と腕を引っ張られて、抗えずに窓から教室の中を見た。確かに、紫乃ちゃんがいる。こちらを見ている。おれと、視線が重なっている。いや、実際には、紫乃ちゃん以外にもたくさんの人がこちらを見ていて、視線が合っている人もいるのだけれど、おれには、紫乃ちゃんしか見えていない。周りは、まるでピントが合っていないように、ぼやけている。