そんで右と左どっちにする、と言う間瀬くんに、いかないよと返して教室に戻ろうとすると、腕を掴まれた。

 「だめだ。そんなの、貴様と貴様の両親が許そうともおれが許さん」

 「いや、なんで」

 「人生ってのはな、一回しかないんだぞ」

 「えっなに、どうしたの?」

 「どんだけ楽しんだって、どんだけ絶望したって、一回だけなんだ。そんなら、ちょっとでも楽しい方がいいじゃんか。ちょっとでも楽しい思いした方がいいじゃんか。だって、一遍死んじまえば、二度と自分として戻ってはこられねえんだから。だから、おれは楽しみたいんだよ」

 「ん?」

 「おれは、楽しみたい。お前の好きな人の様子を見て、好きな人の様子を見るお前を見て、楽しみたい」

 ああ、最低な人だと思った。

 「さっきからなに言ってんの、ただの最低だけど大丈夫?」

 「構わない。誰を傷つけても、誰を悲しませても、おれは後悔したくない。一度きりの人生、おれは楽しみたい」

 「やっぱ最低じゃん。嫌だ、行かない」

 もう戻る、と床を蹴るけれど、何度繰り返しても足はその上を滑るだけで、一つも前に進まない。

 「嫌だ、なんで間瀬くんのために好きな人の様子見に行かなくちゃいけないの」

 「でもお前、なんで彼女が怒ってるのか気になるんだろ?」

 言われて、足が止まった。そうだ。一緒にいてと告白してから、柴乃ちゃんの笑顔を見たことがない。いつもなんだか怒っているみたいで、少しも笑ってくれていない。学校の中で見かけた柴乃ちゃんはいつも笑っていたけれど、おれと一緒にいてくれるときは、いつも笑っていない。

 「その理由、気になるだろ? 知らなくていいのかよ。もしかしたら、学校で強いストレスがあるのかもしれない。お前がなにかしちまったとかじゃなくて、友達とうまくいってないのかもしれない。それなら、お前にできることがあるだろ? それ、してやんなくていいのかよ?」

 強く、唇を噛んだ。もしも、おれが嫌われているんじゃないなら、おれとは距離を置いた場所に、なにか悩みがあるのなら。それから目を背けるのは、最低なことではないか。

 「……よく、ない」

 最低だ。

 「だろ? 彼女のこと、ちゃんと見てやれよ。彼女の声……聴いてやれよ」

 手にぎゅっと力をこめられて、振り返ると、間瀬くんは優しく微笑んだ。