「さて、右行く? 左行く?」と楽し気な間瀬くんの対処に困っていると、女の子がやってきた。胸元のリボンの色を見てみると、三年生だ。

 彼女はぐいぐいとこちらに寄ってきた。猫のような大きな目で見上げてくる。

 「君、このクラスの人?」

 「あっ、はい」

 「あの人いる?」あの……なんだっけ、と、苦しそうに手を振る。あっそうだと言うと同時に、表情が明るくなる。「秋穂さん。秋穂さんいる?」

 「いえ……このクラスじゃないですよ。二組です」

 「ああ、そうだっけ」

 「秋穂さんがどうかしたんですか?」

 「いやあ……ちょっと部活のことで伝えたいことがあって」

 「そうですか……」

 「いやね、男バス――男子のバスケ部がね、試合やるんですってよ。来週だったかな。そうすると、うちら体育館使えないからさ。そのお知らせをと思ったんだけど」

 道に迷ってねと苦笑する先輩に、そんなことあるんだと心の中で驚きながら、そうなんですねと笑みを返した。

 「あー、いたいた、やっと見つけた」と女の子の声が聞こえて見てみると、先輩と同じ色のリボンを着けた女の子が階段を上ってくるところだった。

 「おや。遅かったじゃないか」と言う先輩へ、階段を上ってきた先輩が、「なにしてんの」と返す。

 「秋穂ちゃんは二組でしょ?」そう言って、おれと間瀬くんを見ると、彼女は「あれっ」と呟いた。「もしかして」と、にやにや笑う。「いいところだった?」

 「ええ、本当。もうちょっとでこの少年の唇が汚れるところだったよ? もうちょっと早く助けにこないと。これ、今後の課題ね」

 「今後二度と道に迷うんじゃないよ。あんた何年この学校通ってるの?」

 「だってこの学校広いじゃん。お嬢様とかお坊ちゃまが通うような私立みたいじゃん」

 階段を上ってきた先輩が小さく苦笑する。

 「そうだねえ。本当に広い。三階もある中学校なんて見たことないものね。クラスだって全学年三つもあるし」

 「そうなんだよ」

 「はいはい」

 さっさと秋穂ちゃんに報告行くよ、と階段の先輩に腕を引っ張られて、猫目の先輩は去っていった。

 おれは自分の唇を触った。隣の間瀬くんを見る。

 「汚されるって、なに?」

 「もうちょっとでセップンするところだったっていう冗談だろ」

 「えっ、お腹切られるところだったの⁉ 嫌だそんな!」

 声を上げるおれの横で、「そりゃセップクだ」と冷静な間瀬くん。