机に伏せていると、「今日も元気ねえなあ」と間瀬くんの声が言った。

 「うう……間瀬くん……」

 「どうした。話なら聞いてやるが、名字では呼ぶな」

 「間瀬くん……」

 「繰り返すな」

 「告白したんだよ? おれ」

 「知ってるよ」

 「それでね?」

 「殺すって脅迫されたんだろ?」

 「それで、なんとか一緒にいてくれてるんだけど、なんか、いつも怒ってるみたいなんだ」

 「やっぱり殺す気満々なんじゃねえの?」

 間瀬くんは両腕を広げて、「殺す気満々、マンマ・ミーア!」と叫んだ。

 「間瀬くん、今日元気だね」

 「おれはいつだって元気だ。ただ、そろそろ名前で呼ぼうな?」

 「なんで怒ってるんだろう。学校で嫌なことでもあるのかな?」

 「さあ。よっぽどお前といるのが嫌なんじゃねえ?」

 おれは思わず顔を上げた。

 「ええっ、嫌だ!」

 間瀬くんはぷっと小さく噴き出して、はははと控えめに笑った。

 「嫌だって言ったって、嫌われてるんじゃあしょうがなくね?」

 「ええ……なんで嫌われてるんだろう……」

 「そもそも、なんて告白したんだよ?」

 「一緒にいてって。それで、なんか戸惑ってる感じだったから、用心棒としてだよって、強がった……」

 「はあ⁉ 用心棒だって言ったのか⁉ ばか野郎、その強がりが余計だったんだろうが。そりゃ嫌がるっつの」

 「ええ、なんで?」

 「なんでって。そんなこと、よくわからないまま生きてきたな」

 「そんなにおかしいかな……。だって、おれなんかと付き合ったって嫌じゃん、普通の女の子は」

 「そういう必要以上にケンソンする感じも、相手は嫌なんじゃねえの?」

 「そうなのかなあ……。……ケンソンってなに? シャンソンショー?」

 「そりゃシンシュンだ。ケンソンってのは、なんか、ほら、『いえいえ、うふ、そんな。えへへ、うへへへ』みたいなやつだよ」

 「照れてるの?」

 「じゃあもう、そういうことで」

 「まあ確かに……」

 紫乃ちゃんといると、いつも以上に頼りなくなっている自覚はある。紫乃ちゃんはそれが嫌なのかな……。ああ、泣きたい。

 おれは自分の腕を抱えた。

 「うう……間瀬くん、どうしよう……」

 「瞳うるうるするな、そして見上げるな、名字で呼ぶな」間瀬くんはため息をついた。「まあ、どうしようもなにも、男らしくびしっとするしかねえんじゃねえの?」

 「男らしく……? 男らしいってなに……?」

 「そりゃあほら、背が高くてムキムキな」

 言いながら、間瀬くんは力こぶを作るように腕を動かす。

 「やっぱり女の子って強い人が好きなのかな?」

 「そりゃあ、あんまり、こう……なよなよーんってしてるよりはしっかりしてる方が好きなんじゃねえ?」

 「しっかり? えっ、じゃあまず部屋片づけなきゃ」

 「うん。お前、努力はするんだけどな。ちょっと惜しいのな」

 「えっ、間違ってる?」

 「いや、間違っちゃいないけど……」

 「しっかりしてる人って、部屋綺麗でしょ?」

 「さあ、どうなんだろうな。天才の部屋は散らかりがちだとなにかで聞いたけど……」

 「えっ、じゃあおれ天才? おれ天才?」

 「それはたぶん、一ミリくらい違うと思う」

 「一ミリか……」

 「ごめん、エムの読み方間違えた。一メートルかも」

 「一メートル⁉ それはもう、凡人で済んでるかどうかも……」

 「まあまあ、お前はあれだ、そういうタイプの天才なんだな、きっと」

 「そういうタイプ? ほかにどんなタイプがあるの?」

 「まあ、大丈夫だって。お前は天才だ」

 「でもやっぱりわかんないよ……。なんで怒ってるんだろう?」

 「うーん。気になるなら、観察してみるか? 日中の彼女を」

 「ええ……」

 「いいじゃんか、おれも付き合ってやるよ」

 どきりとして、反射的に立ち上がった。後ろで、椅子ががたんと大きな音を立てた。

 「絶対嫌だ! なんで遠回しに間瀬くんに好きな人教えなきゃいけないの!」

 間瀬くんは、はははと愉快そうに笑う。

 「いい反応だねえ。まっ、本当に気になるんなら、日中の様子も見てみれば? 十中八九、『用心棒』って言っちまったのが原因だろうがな」