元婚約者改め、友人となったジュードとは何度か踊ったことがある。
 とても言いにくそうな顔で言葉少なにドレスを褒めてくれたことを思い出し、あれはそういうことだったのかと腑に落ちた。

「…………あなたは恥ずかしがり屋だったの?」

 わざとオブラートに包まずに尋ねると、ジュードはうっと声を詰まらせた。

「自分でも不器用な性格だとは重々承知している。昔はそれで他の令嬢にいらぬ言葉を投げかけて泣かせてしまったこともある。幼い頃の俺は思ってもない言葉をぽんぽん投げて、相手を傷つけることしかできなかった。……でも、そんな俺の前に現れたのが君だ。君は泣きそうな顔で身体を小さくして震えていた」
「…………」
「父上が女性には優しくしろといった意味が、ようやくわかった。くだらない矜恃で他者を傷つけていた自分がひどく情けなくなった。だから、君には心から優しくしたいと思ったんだ。……情けないだろう、俺は。君がいなければ、そんな感情にすら気づかなかった」

 そのとき、ジュードの顔が、記憶が巻き戻る前の顔と被さる。

(え、嘘でしょ? これが本当のあなたなの……?)

 自分はずっと知らずにいたのか。彼の本音を。
 もっと早く気づけていたら、あの憎しみあうだけの関係は変わっていただろうか。

(ううん……それは無理ね。だって出会いが最悪だったもの。どんな素晴らしい思い出があったって、あの印象が上書きされることはない)

 けれど、今は違う。
 思い出とは異なった出会い方をして、前とは違う関係を築けている。
 それだけは確かだ。

「…………ジュードは、わたくしのことが好き?」

 ぽつりとつぶやくと、間髪を入れずに言葉が返ってくる。

「好きだとも。妖精の森に迷い込んだような美しい緑の髪は口づけしたいくらいだし、きらきらと輝く檸檬色の瞳も好きだ。そして何より、贈った花を愛おしそうに見つめる姿がたまらない。君は姿形だけでなく、性根も優しい女性だ。ぜひ公爵夫人として迎えたい」

 彼は変わった。友人として付き合う中で、好きなことや苦手なことも、たくさん知った。
 思いもよらなかった本音を知った今、エステリーゼの気持ちは定まった。

「もし……わたくしを愚弄するような台詞を吐いたら、離縁させていただきますが、それでも構いませんか?」
「そんなことはしない。鏡の中で君を褒める練習をたくさんしてきた。俺は毎日だって君に愛を囁くと誓おう」
「…………」
「エステリーゼ?」

 不安そうに自分の名前を呼ぶ、愛しい声。
 エステリーゼは目元を和らげて、目の前の彼を見上げた。

「……エステルとお呼びください。未来の旦那様」
「…………え……。そ、それって……」
「求婚のお話、謹んでお受けします」

 彼が待ち望んでいたであろう言葉を告げると、自分の足が地面から浮いた。
 エステリーゼを抱き上げたまま、その場をくるくると回り、ジュードが子供のようにはしゃいでいた。